5.冬の村を見て回ろう【採集編】(3)

 まあ、もらうんですけどね。


 マーサに招かれやってきた暖炉の前。せっせと仕事をする女衆を横目に、私はようやくもこもこの外套を脱いで、淹れてもらったお茶に口を付ける。


 うむ、苦い。

 正直、あんまり美味しくはない。コーヒーや紅茶とも違って、なんとも味わいのない苦み。

 村では香草代わりにも使われているけれど、正直香りの方もイマイチだった。


 だけど食糧の乏しい村では、このお茶も数少ない楽しみの一つ。苦みさえも、彼女たちにとっては貴重な味覚の変化なのだ。


 これをとやかく言うのも野暮というもの。別に四六時中飲みふけっているわけでもないし、今の段階でケチケチしたことを言うものではないでしょう。


 それにこのお茶、村では薬湯扱いだしね。魔物肉の毒抜きにも使うくらい、瘴気毒を薄める効果がある。瘴気の濃いこの地域では、毎日飲むのが推奨されているくらいだ。


 一方で、あまり飲みすぎると腹を下すという話もある。

 毒と薬は紙一重。お茶は日々適量で。この『適量』の範囲も、折を見て見極めておきたいものである――というのは、しかし後のこととして。


「――それで、なんの話をすればいいんだい?」


 まずは本題からだ。

 子供たちとヘレナ、護衛にもお茶を出し終えたマーサが、再び椅子に腰を下ろして私にそう言った。




 じゃあ、メモとペンを取り出して、質問開始と言いましょう。

 気になるのは、今の作業状況と採集量の見込みについてだ。


 作業状況とはつまり、人員の過不足はないか、必要なものはないかといった話である。

 作業の余裕感に、薪の使用状況。現時点で感じている不都合うんぬんを聞いてメモに取る。

 それから問題の採集量。見た限りではうずたかく積まれた草から、目当ての物はどれだけ採れるのか。一日当たりでは、だいたいどれくらいの総数が得られるのか。冬に向けての収量の増減と、今後の収量見込み。今現在の在庫はどれくらいで、調理にはどれくらい使って、ついでに一度のお茶に使う茶葉の量はどのくらいか。


 このあたり、実のところ村人たちは厳密な数字を見ていない。

 収穫量は大きな袋でどのくらい。今後の収量は身振り手振りでこのくらい。お茶の量もなんとなく。すべて肌感覚である。

 まあ、グラム単位で言われても私も困るけれど、さすがに少々おおざっぱすぎる。在庫は地下食料庫に山ほど、と言われても、果たしてそれで安心していいのかどうか。採集作業の女衆は炊事仕事も兼ねているのに、採集量と消費量のプラマイを把握できている人間もいなさそうだった。


 なんというか、ここの女衆に限らないんだけど、全体的に村の人たちって『大きな数字』に弱いんだよね。

 匙一杯、籠一杯、大袋一杯。あるいは三つ、四つなんて単位では理解も計算もできるけど、それが食糧庫いっぱい、冬いっぱいの話となると思考が止まる。

 例えば、食糧庫に溜め込んだ薬草の中から、匙一杯分のお茶を村人全員が一日一杯飲むとする。加えて、一度の食事に籠にいっぱいの草を毒抜き用として使う。香草としての味付けもするので、さらに五匙ほど使うと想定。この食事が日に二回。

 匙はだいたい二十杯ほどで籠一杯。籠十杯ほどで中袋に一つ。中袋五つで大袋一つぶんに換算。

 これを、冬の間いっぱい。今が十月中旬で、だいたい四月くらいまでと計算して六か月。

 さて、冬の間に消費する草の数は、合計でどれくらいになるでしょう。


 と言われても、村人たちはピンとこない。『今』の食糧庫に山ほどあるから、大丈夫ではないかと考える。冬は長いけれど、これだけあれば持つだろう。駄目なら節約をすればいい――と考えてしまう。

 このあたりは、あまり言いたくはないけれど、やっぱり教育の有無が大きいのだろう。

 村人たちの大半は、学校になんて通ったこともない。家庭教師を付けられるような上流階級でもない。はっきりと話に聞いてはいないけれど、たぶん元は教育の機会に恵まれなかった、貧しい生まれなのだろうと予想していた。


 字を書ける人間もなく、読める人間も少なく、計算できるのも両手で足りる数だけ。

 長年の生活で身につけた知恵や経験は頼もしくとも、それは変わらぬ生活の中で役立つものだ。

 これから待ち受けるのは未知の冬。先行きの不透明な中を、経験と肌感覚だけでは乗り越えてはいけない。

 冬を乗り越えるのに必要な数。収量の上限。それに合わせた使用上限。乱数による多少の増減と、想定外の事態を見越したバッファ。これらを厳密に見積もっても、なお不測の事態に陥るのが初見プレイなのだ。


 ――ひとまず、食糧庫は自分の目で見ておいた方がよさそうね。管理は村人だけに任せるのは怖いけど、私が完全に管理するのも不満が出る気がするわ。ここは少し考えないと…………うん?


 うん? と思いつつ感じるのは、やはり誰かの視線である。

 メモを取る手を止めて顔を上げれば、またしてもケイティが手元をのぞき込んでいる。


「なにか気になることでも?」


 小難しい顔の彼女にそう尋ねてみるけれど、返事はやはり先ほどと変わりない。

 眉間に皴を寄せて文字を見ていた彼女は、フイと視線を逸らして首を横に振った。


「………………別に。なんでもないです」


 …………………………ふーむ。

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