5.冬の村を見て回ろう【採集編】(1)

 いいいいいやいやいやいやままままだ慌てるような時間じゃ。


 いやめっちゃ慌てないといけない時間だわ。もう冬になっちゃってるんだわ。

 取れる手段も相当減ってきているし、行動の制限もかかり始めている。

 下手をしたら手遅れになる時間ですわ。


 しかしだからと言って、ここで大慌てで手を打つのは初心者のすること。

 この手のゲーム、結局最後に物を言うのは優先順位の付け方なのだ。

 玄人ならば、いずれ家が必要だからといって再序盤に村人のための家を建設はしない。家なんて建てる木材があるのなら、それを使って生産施設の一つでも立てるもの。ある程度の施設が揃うまで、村人はその辺の野原にでも寝かせておけばいいのである。


 つまりなにが言いたいかといえば、狩りがヤバそうだからと即座にリソースをつぎ込むわけにはいかないということだ。

 他の作業も見て回り、問題や懸念点がどれほどあるかを確認してから、重み付けをして対処をしていく。そもそも今日は、そのための視察なのである。


 えっ、昨日の流行病対策はなんだったのかって?

 あーあー聞こえない聞こえない。物事は臨機応変。即断即決が必要な時だってあるのだ。




 などと誰にともなく言い訳しつつ視察の続き。

 狩猟班にはまだまだ聞いておきたいことがあるし、把握しておきたいこともあるのである。


 具体的には、狩りのペースに村の建物の壊れ具合。狩りに慣れたとは言うものの、実際的な余裕感。一度の狩りの所要時間に消耗品の消耗度。薪集めも兼任するのは負担でないか、狩り以外の問題はないか、人員の過不足はないか、配置換えは必要か、人間関係うんぬんかんぬん。

 これらのことをカイルや他の狩人たちに聞き取りつつ、実際に村を見て回る。

 すでに壊れた家。解体されて薪や他の家々の修繕用木材となっている家。家の中を覗いてみれば、まだまだ棚やベッドが残っている。これらも薪になりそうだ。


 ということを、持ってきていた紙にいろいろと書きつける。このメモ、あとできちんとまとめ直して村のステータスを書き換えておかないと。


 でもまあひとまずは雑多に記録。あれこれと見て回るうちに、あっという間に二、三時間経ってしまった。

 私が村を見て回る間も狩人たちは作業を進め、村に張り巡らされた罠やら何やらを撤去。狩りルートの雪をかき、狩猟の準備を終えていた。

 たぶん、これ以上は仕事の邪魔になってしまうだろう。

 子供たちは狩りまで見学したがっているけれど、残念ながらそろそろ撤退の時間である。


 護衛とヘレナでちょろちょろ動く子供たちを回収し、狩人たちに礼を言って退散。

 次に向かうは屋敷周辺で草むしり中の採集班の作業現場である。






 ほい到着。

 道中は特に何もなかったので割愛して、再び戻ってきたのは屋敷の門の前。

 ただし、出発時にいた正門前ではなく、食堂にほど近い通用門の前である。


 こちらの通用門は、食材などを運び入れるために作られたものだろう。

 食糧庫は食堂の地下。正門から向かうには距離があるし、大荷物を持って前庭を横切るのは見栄えが悪い。貴族屋敷には、こういった大荷物を運び入れるための通用門がいくつか作られているものなのだ。


 通用門とはいえ、周囲はある程度刈り込まれて整えられている。

 門は鉄製。荷物を運び入れるため、荷車や馬車も入れるくらいに入り口は広い。今は完全に開かれていて、ときどき作業中の大人たちが荷物を抱えて往復する。


 抱えている荷物は大きな籠だ。むしった草入りの籠を抱えて屋敷に入り、出る時には空になっている。

 空になった籠を抱えて再び草原に出て、目当ての草を再びざっくりとむしって籠へと詰めていく。


 視線を門から草原に向ければ、実際に草むしり中の採集作業班が見えた。

 薄く積もる雪を払いながら、それらしい草を鎌やナイフを使って黙々と刈る。点々と見える人影は、現在はほとんど男衆だ。

 彼らのうちの大半は、外套を身に着けていない。

 作業をしているうちに熱くなって脱ぎ捨てた――というわけではなく、単に外套の縫製が間に合っていないせいだ。


 魔物の毛皮で作った外套は、長時間外に出ずっぱりの狩猟班が優先されてなかなか他まで手が回らない。少しずつ配給してはいるものの、後回しにされてしまった採集班は、この染みるような寒さの中で凍えながら作業をすることになってしまっていた。


 そんなところで、彼らにも聞き取り調査と行こう。

 子供たちはやっぱりヘレナたちに任せておいて、まずは一番に気になる部分。草原の枯れ具合についてから。




「――――こりゃあ、たぶんあと十日も持たないだろうな」


 薄い服を重ね着して寒さをしのぐ男衆の一人が、私の質問に顔をしかめた。

 地面に置いた籠には、すでに半分ほどの草が詰め込まれている。外作業組も大雑把には草の分別をしているものの、正直けっこう雑草が混ざっている。

 それでも雪の中で丁寧に分別するよりは、屋敷に持って帰って女衆に任せた方が効率が良いらしい。ここにいる男衆はもともと採集には不慣れで、あまり草の見分けがつかないというのもあるのだろう。


「昨日の雪から、どんどん草原が枯れ始めていてなあ。魔物の気配も増えてきて、あまり屋敷から離れると襲われかねん。このあたりの草原を刈りきったら、作業は終わらせた方が良いと思うぜ、王女さん」


 このあたり、と言って示す範囲はさほど広くはない。

 丘の一面。屋敷の門が見えなくなる手前くらい。すでに半分くらいは草が刈り取られていて、残る半分も数日ほどで刈り終えられる程度だ。


 単純に刈り取った草というだけなら量はあるものの、この中からさらに目当ての首狩り草だけを取り出すとなると、数としては心許ない。日数が経てば刈り取れる草も減るし、人手もだいぶ余るようになるだろう。

 今はまだ、余った人手は正門付近や別の通用門付近の草刈りに回せるとしても、彼の言う通りなら結局期限は十日ほど。その後の彼らの行き先は、今のところ決まっていなかった。

 働き詰めの村人に多少の休暇は必要だろうけれど、ずっと時間を持て余すというのは、それはそれでストレスがたまるもの。真冬にかけて、時間を潰せるなにかしらを用意しておくべきかもしれない。


 ――でも、今は採集量の確認の方が優先ね。これだけの範囲から、実質的にどれだけの首狩り草が集まる見込みなのかは、屋敷の中の女性陣に話を聞かないと………………うん?


 うん? と思わずメモを取る手を止めたのは、すぐ傍で人の気配がしたからだ。

 じっと私の手元を覗き見るのは、村の子供の一人。十一歳の子供たちのお姉さん・ケイティだ。


「どうかしたの?」


 と尋ねてみるけれど、彼女は少しばつが悪そうに視線を逸らし、「なんでもないです」と答えるだけだった。

 ………………うーん?

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