4.冬の村を見て回ろう【狩猟編】(3)

 いやしかし、領主として知らないと言ってはいられない。

 これらは魔物避けの対策ではあるけれど、同時に魔物の異変を量るバロメーターだ。

 ごくまれに魔物が迷い込む程度ならまだしも、これで魔物の侵入が頻発するようになったなら、瘴気のピークが来たということ。

 魔物が活性化し、もう夜間対策は意味をなさないだろうと判断ができる。


 と、いうあたりで子供たちの教師役をヘレナにバトンタッチ。

 私は私で、本来の用件である視察の方を済ませておかないと。




 そういうわけで、馬でひとっ走り村を見て回って来た護衛のカイルを捕獲。聞き取り調査を実施する。

 実際のところ、狩りをしている当人から見て今の状況はどう見えていますかね?


「――――今のところは、魔物の侵入の形跡はありません」


 私の問いに、馬から降りたばかりのカイルが首を振った。

 馬で村を見て回ったのは、回答通り魔物が侵入していないか確かめるため。これを事前にやらないと、安心して村に入ることができないのだ。


 で、どうやらこのあたりは問題なかったらしい。


「煙が効いているのか、足跡も離れた場所で止まっています。煙の薄いところは少々心配だったのですが、あまり他との違いはなさそうですね」


 ふむ。

 バルサンを焚くと言っても、さすがに外周を完全にカバーすることはできない。材料の問題もあり、実は煙が広がることを期待してけっこう配置はスカスカだ。


 置く場所は、主に柵の崩壊が著しい場所。柵の切れ目の壊れやすい場所。地形的に獣の侵入がしやすそうな場所などだ。

 あとは間を埋めるようにちょこちょこ、という感じ。小さいとはいえ、かつては百人近くが生活していた村。対処の方にもやはり限界が出てしまう。


 しかしまあ、現時点ではこれでどうにかなっているらしい。

 獣は基本、見知らぬ怪しい場所には近づかない。怪しさを醸し出すことにかけては成功していると言っていいのだろう。


「……ただ、村周辺に残る足跡は増えてきています。村の中に入ろうとしているのか、たまたま近くを通ったのかはわかりませんが」


 ふーむ。

 たぶん、そちらは瘴気の影響だろう。

 魔物は瘴気の濃い場所へと集まるという。真冬に向けて瘴気がますます濃くなっていくと、草原をうろつく魔物も増えていくのが道理というもの。縄張り争いも激化して、普段は近づかない人里付近に現れる魔物も出てくるだろう。

 そうなると、魔物対策を突破して侵入する魔物が現われるのも時間の問題である。


 今は村に誰もいないとはいえ、人がいた気配は完全に消えない。残飯などを求めてやって来る魔物がいるかもしれない。

 あるいは雨風をしのぐためだとか、隠れる場所の多いこの場所を縄張りにするためとか。単純に通り道だったから駆け抜けた、というのも瘴気で凶暴化した魔物にはありうるかもしれない。


 どちらにしても、いずれの魔物の侵入は不可避だろう。

 煙を焚いて音を鳴らして、できる限り侵入の可能性を減らすのが、今の私たちでは関の山、と。


 加えて気になるのが、魔物自体ではなく狩人たちの調子の方だ。

 ふーむと考え込みながらも、私はうっすらと積もる雪を見る。


「あなたたちの狩りの方はどんな調子? 雪が降って不都合は出ていない?」

「こちらも、今のところは問題ない、という感じですね。魔物狩り自体にはみんな慣れてきて、割合安定しています。雪の方もさらりとしていて、意外と足元はしっかりしています。深く積もらなければ、狩りの方にはあまり影響はないでしょう」


 深く積もらなければ、ね。

 十月の間は、ノートリオ領も雪が降ったりやんだり。積もるというほど積もることはないという。

 ただ、その後となると話は別だ。十一月あたりから晴れよりも雪の日が多くなり、厳冬期には降らない日の方が稀になるという。


 そうすると、今は積もらない雪も積もるようになるだろう。

 どれくらい深く積もるのかはわからないけれど、今と同じ状況でいられるとは考えない方がいいだろう。


 頭をよぎるのは『タイムリミット』という言葉。

 瘴気、魔物の活性化、真冬の降雪量。なんなら吹雪の日だってあるかもしれない。と、なると――。


 ………………これ、もしかしなくても、今のままだと冬を越せないのでは?

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