2.疫病の流行に備えよう(6)

 まあでも、覚えてないのはしゃーなし!

 ここはサクッと切り替えて、作業再開といたしましょう。


 そういうわけで、帰った帰った!

 こっちは病室づくりで忙しいんじゃい!


 という感じで割って入れば、エリンが戸惑ったように呟いた。


「――――病室?」


 感動の再会は一時中断。はよ出て行けと手を振る私に、彼女は瞳を瞬かせる。

 顔に浮かぶのは、なんとも不思議そうな、意外な言葉でも聞いたというような表情だ。


「ここ、病室になるんですか?」

「予定よ、予定。まだ作りかけ」


 彼女の疑問も無理はない。

 部屋にあるのは木箱とクッション、いくつかの布。それから壁際に置いた燭台くらい。あとは居心地悪そうにヘレナとモーリスが佇むという、実に閑散とした状態なのだ。


 しかし、これは単に作りかけ。というかトビーが邪魔で作業が中断しているせいで、部屋づくりが進んでいないだけである。

 予定としては、今ごろ簡易ベッドの二つ三つはできていたはず。これを部屋の奥に配置して、衝立で仕切って病室らしい空気の一つも出ていたはずなのだ。


 診療所は部屋の手前側。扉に近いところに作る想定だ。

 ここには医者用の椅子と机、患者用の椅子、棚を一つ配置して、書庫にあった医術書を並べるつもりでいる。


 医者に据えるのは、なんだかんだ言いつつもやっぱりアーサーになるだろう。

 そもそも今のこの村で、医術書を読んで理解できるのが彼の他にいないのだ。不満があるなら後継者を育てろということで、ひと冬くらいは我慢して医者を務めてもらわなければ。


 ……という計画も、部屋の真ん中で邪魔をされてはどうしようもない。

 私はため息をつきつつ、困った親子を追い立てる。


「わかったら出ていき――」

「あ、あの!」


 しかし、追い出す前にエリンが口を開く方が早かった。

 彼女は片手でトビーを抱きしめたまま、頬に手を当ててためらいがちにこう言った。


「…………あの、そうしたら、病人のお世話をする人が必要ですよね」


 …………。

 ………………ふむ?


 なるほど。言われてみればたしかにそう。

 診療所だけではなく病室も用意するのなら、いずれは入院患者も出てくるはず。

 となるとエリンの言う通り、それを看護する人間も必要になるだろう。


 我が国において、その役目を担うのは主に家族。貴族であれば召使だ。召使や家族がいない場合は、病院に勤める下働き。あるいは修道女や修道士が奉仕活動の一環として行う。

 だけどこの村には、召使もいなければ家族のいる村人もほとんどいない。修道女や修道士ほど敬虔な信徒もなく、下働きと呼べる立場の者もいない。


 となると、いったい誰をここに据えようか?


「…………ええと、あの」


 ううむと考えようとしたところで、エリンがおずおずと手を上げた。


「よろしければ、私がやりましょうか……?」

「あなたが? いいの?」


 いいの? と言いつつも、私は無意識に眉根を寄せる。

 いやまあやってくれると言うならありがたい。正直言って、めちゃめちゃ助かる。

 でも、どうして彼女がわざわざ自分からやると言い出すのかわからない。


 なにせ、病人の看護は重労働、そのうえたぶん、病気の感染にも近いはずだ。

 私の国ではあまり人気のある役目とは言い難く、相手が家族でもない限り、召使や下働きに押し付けるような避られがちな労働だった。


 だというのに、いったいなぜ?

 と思う私に、彼女は遠慮がちな微笑みを浮かべる。


「はい。村の人たちはみんな、家族のようなものですし……それに――――」


 と言ったところで、エリンの腕に抱かれていたトビーが、ぬっと自慢げな顔を突き出した。


「ママはむかし、病院で働いていたんだぞ!!」


 ……ほほう?

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