2.疫病の流行に備えよう(5)

 さてこのあたりでネタばらし。


 というほどでもないけれど、この甘ったれが甘ったれであるには理由がある。

 それが、今しがた駆け込んできた人影。もとい一人の女性の存在である。


 その名もエリン。トビーのである。


「トビー、よかった……! 草原に出たきりいつまでも戻って来なくて、心配したのよ……!!」

「ママ! 痛いよもー!」


 薄暗い部屋の中央。燭台の日に照らされる中、親子はかたく互いを抱きしめあう。

 エリンは声を震わせて、トビーは不満を言いつつまんざらでもなさそうに。まるで、二度と会えない二人が奇跡の再会を果たしたかのように。


 しかし実際には、まる一日も離れていない。

 トビーが採集仕事の手伝いに飽き、厩に遊びに行き、それからモーリスにくっついて病室づくりに参加し、こちらも速攻で飽きて遊んでいただけ。

 なんならまる一日どころか、数時間も離れていない。今生の別れの要素もないし、トビーは単なるサボり魔である。


 だというのにこの空気。遠巻きに眺める私の居心地の悪いこと。

 なんというか、特に思い入れのないドラマの感動シーンをいきなり見せられている感じ。突然のクロスオーバーで、知らないキャラが主人公を差し置いて無双しているようなこの感じ。

 おわかりいただけるだろうか?


 ――いえ、ね。気持ちはわかるのよ、頭では。


 こうまで言っておいてなんだけど、彼らの事情もこうなる理由も、私なりに理解はしていた。


 なにせ現在、村には子供が四人。

 もともと五十人近くいた村の子供が、現在はたったの四人しかいないのである。


 昨年の冬と今年の秋で、村の総人口は入植時の三分の一以下にまで減った。

 親は子を亡くし、子は親を亡くし、家族はほとんどが失われた。


 その中で、エリンとトビーは唯一、母子で生き残った存在だった。


 彼らも最初は五人家族。かつてトビーには父がいて、兄がいて、生まれたばかりの弟がいたという。

 だけど昨年冬から順々に家族を失い、今では母子二人のみ。

 エリンはたった一人生き残った我が子をなんとしても守ろうと躍起になり、トビーはたった一人の母親になにもかもから守られて生きてきた。


 要するに、甘やかして育てた親と甘やかされて育った子。

 亡くした他の子の分までエリンはトビーを甘やかし、トビーは他の兄弟の分まで母に甘え、結果的にこうなってしまったというわけだ。


 他の子供たちが親を亡くし、実年齢より大人にならざるを得なかったこの村において、この甘えっぷりはかなり目に付く。

 しかし他の村人たちも、我が子を亡くした気持ちはよくわかるし、唯一生き残った子を大切にしようとするのもよくわかる。そのうえ村は少し前まで冬を越すのが絶望的な状況で、今さら子離れ母離れをさせるのはあまりにも忍びない――と見過ごしてきた経緯がある。

 一度見過ごせば、ずるずる引き離しづらくなっていくのがこの世の常。村人たちは彼女ら母子をどうしたものかと思いつつ、特に変化も起こせないまま今に至るのであった。


 はいネタばらし終了。

 ちなみのこのあたりの情報の仕入れ元はマーサだ。

 さすがは女衆の顔役をしているだけあって、村の人間関係には精通している。アーサーはここらへん全然ダメだから助かるね。


 まあ、情報として知ってはいても、見ると聞くとでは大違いなのだけど。

 トビーがここまで甘ったれとは思わなかったし、エリンが血相を変えて飛び込んでくるとも思わなかった。

 そして感動の再会を、目の前で見せつけられるとも思わなかった。


 ――そんなにいいものかしらね、母親って。


 どうしたものかと思いつつ、私は二人をぼんやり眺めつつため息をつく。

 母親。母親ねえ。

 いやまあ、これも頭ではわかっている。母親とは良いものなのだ。旅に出た息子が突然帰ってきても、文句ひとつ言わずに自宅に泊めてくれるものなのだ。

 そうでなくとも、仲良きことは美しきかな。家族仲が良くて悪いことは決してないのである。


 とはいえ、どうにも実感としては湧いてこないのが本音だった。


 ――母親、ねえ。


 前世の記憶は、ゲームに関すること以外ほとんどない。家族もいたような気がするけれど、母親と言われても顔すら思い出せないありさまだ。

 では今世はといえば――。


 ……………………。

 …………………………………………?


 あっダメだこっちも思い出せないや。


 今も健在のはずなのに、なんなら前世の母よりも記憶が遠い。ちょっと記憶を探ってみても、頭に浮かぶものがなにもない。


 ううん、一度か二度くらいは見たことがあるはずなんだけど。

 あの人、どんな顔してたっけなあ……?

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