2.疫病の流行に備えよう(4)
あるんだなあ、これが。
「――――ねー、もー、おれやだー!!」
モーリスが戻ってきたことで、再開された診療所兼病室づくり。
さて、まずはありもので病室部分の作成を――と、一つ二つ荷物を運び入れたあたりでもうトビアスは駄目だった。
「もーいいじゃん! 終わり! 完成!!」
トビーはパンパンと両手を叩き合わせ、私たちへ作業の終わりを告げる。
彼の周囲に広がるのは、再び運び入れられた木の箱とクッション。シーツ代わりに使えそうな白い布。
以上。
それらが雑然と並ぶ光景を前に、トビーは部屋の中央でふんぞり返った。
「手伝ったんだから、次はおれの言うことを聞けよ! 騎士ごっこするからな! お前蛮族!」
私蛮族かー。
…………追い出していい?
「………………だから、後悔すると言いましたでしょう」
追加で木箱を運んでいたモーリスが、ため息交じりにそう吐き出す。
ちなみにこの木箱、中身は空だ。村人たちに部屋を貸し出し、ベッドもろくに余っていない現在の屋敷。この空箱を三つくらい並べて、クッションとシーツをかぶせてベッド代わりにしようと目論んでいたのである。
目論んでいたのであるが、この現状。トビーが邪魔で空箱を並べることすらできずじまいだ。
ちなみにトビーはクッション一つしか運んでいない。大した手伝いでいらっしゃいますなあ。
「そこの女、お前はさらわれた姫な! で、おじさんはおれの手下! じゃあ、ちゃんとやれよ!!」
と言いつつ、木箱の中にあったいい感じの棒を振り回すトビーを横目に、私は深いため息を吐く。
たしかにモーリスは『後悔しますよ』と忠告していた。彼が他の子どもたちよりわがまま勝手で甘ったれということも知っていた。
しかしここまでとはさすがに思わない。
甘ったれっぷりを甘く見ていた私の方こそ甘かったということか。わはは。
ではなく。
「…………これ、本当に私と同い年?」
信じられずにモーリスに問えば、彼は肩をすくめてこう返した。
「どちらが七歳児かと言われたら、さすがに殿下の方が規格外かと……」
そんなあ……。
いやまあ、私としても私が変わり者であるという自覚はあるけども。
ほんのちょっぴり、他人と違うとは思っているけども。
それにしたって、やっぱりトビーのこの傍若無人っぷりも規格外だろう。
特に平民は、幼いころから親の仕事を手伝いがち。学校にも行かない彼らにとって、七歳児は貴重な労働源なのだ。
簡単な荷運びからはじまって、畑の手伝い、家事手伝い。親に代わって弟妹の面倒も見るし、何なら出稼ぎに出る子供もいる。
そのうえ現在は、村の状況が状況だ。
生きるか死ぬかの瀬戸際で仕事をサボるなんて許されない。さすがに二歳児は働かせずとも、他の八歳児と十一歳児は今も元気に労働中。大人たちの指示のもと、大人顔負けで毎日働いているのである。
ところがどっこいこいつはどうだ。
「おい、やれって言ってるだろ! おれの言うこと聞けよ!!」
徹頭徹尾甘ったれ。傍若無人の怖いもの知らず。
自分が世界の中心かのような、自信満々のトビアスに、ヘレナが困ったように私を見た。
「殿下……どうしましょう…………」
本当にね。
ひとまず作業を中断して、採集作業班を呼んで回収してもらうか――。
と、そんなことを考えたときだった。
「――――――――ビー……」
聞こえたのは、廊下を駆ける荒々しい足音。
叫ぶような誰かの声。
思わず瞬く私をよそに、トビーの手から落ちるいい感じの棒が、床に落ちて響く音。
「トビー! どこにいるの!? 返事をして!!!!」
少しの間の後で、荒い足音が部屋の中へと飛び込んでくる。
その人影を見た瞬間、トビーは先ほどまでの偉そうな態度も忘れて目を輝かせた。
「おれはここだよ、
そう叫ぶ声は、飛び抜けてわがまま勝手で甘ったれとして知られる彼の中でも、とびっきり甘えたものだった。
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