2.疫病の流行に備えよう(3)

「おれもやるぞ! おれもやるぞ!! おれもやるぞー!!!!」


 モーリスの背後から飛び出したちみっこは、どこぞの犬のようにやる気満々で繰り返した。


 その身長、おそらくモーリスの半分くらい。つまりは私と同じくらい。

 やる気に満ちて頬は赤く、髪の毛は性格を表すようにツンツンだ。顔に浮かぶのは有り余る元気。落ち着かない体の動きに現れるのも有り余る元気。興奮したように「フン!」と吐く鼻息さえ有り余る元気。

 とにもかくにも元気を持て余したような、見るからにやんちゃなキッズである。


 その名もトビアス。略してトビー。

 彼こそは、四人しかいない村の子供の一人であり、領主就任祝いの際に肉を掴んで走るというお行儀の悪さを披露した問題児。

 他の子どもたちに比べても、飛び抜けてわがまま勝手で甘ったれとして知られる七歳児である。


「おれはなにをすればいい!? これを運べばいいのか!? わかった!!」

「こら坊主! 勝手に触るんじゃない!!」


 何一つわからないまま突っ走ろうとするトビーの首根っこを、モーリスが大慌てで掴む。

 いやあ、村人たちから話には聞いていたけれど、前評判にたがわぬ問題児っぷり。これはたしかに手を焼きそうだ。

 しかし、どうしてこの悪童がモーリスと?


「……すみません、殿下。こいつ、よく厩に見学に来るやつでして」


 私の疑惑を察したように、モーリスが振り返って苦い顔を向けてくる。

 相変わらずそこら中触りたがるトビーをどうにかこうにか止めつつも、口から出るのはため息だ。


「いつもはまあ、邪魔にならないならと見学させていたんですが……それで懐かれてしまったみたいで。今日は物置の掃除があるから構ってやれずにいたら、こんな調子でついてきてしまったんです」


 ははあ、なるほどね。意外なところで意外な人間関係ができているものだ。

 で、追い払ってもこの調子だとめげてもくれず、現在の状況というわけなのだろう。

 モーリスはすでにすっかり疲れた様子で、それでも促すようにトビーに呼びかける。


「お前、今日は採集仕事の手伝いじゃなかったのか。こんなところにいたらお前のが心配するぞ」

「平気! だって草むしり、つまんないんじゃん!」

「お前なあ……」


 いったいなにが『平気』で、なにが『だって』なのか。

 理屈がつながらないのは子供の特権。とはいえあまりの暴論に、モーリスの口からも続く言葉が出てこない。

 それをいいことに、トビーは勝ち誇った顔で私たちにふんぞり返った。


「こっちの方が楽しそうだし、おれが手伝ってやるよ! ありがたく思えよ!!」


 やる気満々。元気みちみち。

 さてこのお子様をどうするか。


 ううむと考える横で、モーリスとトビーはまだ押し問答を続けている。


「楽しいもんじゃないだろ。殿下の邪魔をするんじゃない。ほら、子供は帰った帰った」

「なんだよ、そいつだっておれと同じ子供じゃん! なんでおれはダメなんだよ!!」


 うーん。それに関してはごもっとも。同い年なんだよね。

 私も非力ではあるけれど、軽いものくらいは持てるし運べる。たいして役には立たなくとも、まあ手があって困ることはない、かな?

 というわけで、うん。


「なんでもなにも、ダメなものは――」

「いいんじゃない、別に」


 モーリスの言葉を途中で奪い、私は軽い気持ちで許可を出す。

 同い年の私が良くて彼がダメという理由はない。仕事をしてくれるのならそれでよし、が私のモットーだ。やる気があるならやらせてやればいいんじゃない?


「どうせ今から採集作業に戻っても、たいしてやることもないでしょう? 外はもう暗いし、そろそろ仕事を終わらせる頃合いよ」


 採集作業は、草原に出ての草むしりと草のより分け。その中でも、草むしりは明るいうちにしかできない。

 窓に見える空はすでに暗く、外の作業は危険な時間だ。新たにむしられる草がなければより分け作業もじき終わる。特に炊事仕事と兼任している女衆は、もう夕飯準備に移っているかもしれない。


 となると、トビーを今さら採集作業の手伝いに戻すメリットもないわけだ。

 だったら猫の手程度でも、こっちで役立てたほうがマシというものだろう。


「殿下がそれでいいとおっしゃるなら構いませんが……」


 なんて気楽に考えていたら、モーリスが表情を暗くした。

 トビーの首根っこを掴んだまま、彼はもの言いたげに私を見つめ、続けてぽつりとこう告げる。


「………………後悔しますよ」


 その言葉の、なんと重々しいことか。

 いやでもさすがに大げさな。どうせ飽きたら勝手にどこかに行くだろうし、後悔するようなことはないでしょう。


 ………………ないよね?

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