2.疫病の流行に備えよう(2)

 しかし文句を言いつつも、やることはやってくれるのが私の部下のいいところ。

 王都を出立してから早ひと月半。ノートリオ領に来てからは二十日ちょい。ここまで私に付き合ってきたことで、すっかり慣れてしまったともいう。


 まあ、なんにしたって仕事をしてくれるのならそれでよし。

 生命の危機の前にはブラック労働なんのその。休暇についてはいずれの私に期待して、まずは物置の片付けだ。




「――――うっわ、埃っぽ!」


 げほっ! と舞い上がる埃にむせながら、私はヘレナとモーリスを従えて物置へと足を踏み込んだ。

 中は暗くて明かりもない。壁際が棚でふさがれているせいで、窓があるかもわからなかった。


 それでも目を凝らして見れば、中の様子がぼんやり浮かび上がってくる。

 診療所兼病室として目を付けただけあって、割合広い部屋の中。詰め込まれているのはいくつかの棚と衣装棚、積み上げられた椅子と机。なにが入っているのかわからない無数の木箱と、あとは細かい雑貨の類だ。

 雑貨の内訳は、燭台に水差し、花瓶類。丸められた絨毯類やらクッションやら。その他、特に値打のなさそうなアレコレだ。


 物は多いが、思ったよりも大物は少ない。

 椅子も机も、貴族用というより使用人たちが使うような簡素なもの。木箱も数は多いけど大きさ自体はそこまででもない。厄介なのは、壁際を埋める棚くらいだろうか。

 ざっと室内を一瞥し、私は「うむ」と頷いた。つまりここが、男手の活躍の場所である。


「とりあえずモーリスは大きいものから外に出して。私とヘレナで細かいものを出していくわ」


 うげ、という顔のモーリスは見ないことにして、「殿下に荷運びをさせるなんて!」というヘレナの声も聞かないことにして、私はさっさと済ませようと手近な雑貨を手に取った。




 とまあこんな感じで黙々と作業。ときどき、運び出したものの中身をチェック。

 部屋から運び出したものは、とりあえず廊下の端へ寄せておく。まずは診療所の用意が優先なので、詰みあがった雑多なものたちを移動させるのは後回しだ。


 ちなみにチェックした結果、モーリスがヒイヒイ言いながら運び出した木箱の中身は、全部生活用品類だった。

 燭台用の大小さまざまな蝋燭や、洗濯石鹸に手洗い用石鹼、洗濯糊。布の端切れにいくつかの生地、糸、綿、ボタン、ハンガー、ねずみ捕り、空き箱、空き瓶、変な形の石、いい感じの棒などなど。

 とにもかくにも雑多なものが放り込まれているらしい。


 残念ながら、食糧の類は見当たらなかった。金目のものも特にない。

 しかし普通に使えるものばかりなので、変な形の石といい感じの棒以外はありがたい。特に手洗い用の石鹸なんかは、流行病対策に役に立ってくれそうだ。


 そんなこんなで、部屋の中のものを廊下に積み上げること数時間。

 ようやく物置の中が空になり、長らく棚にふさがれていた窓が見えたところで、不意にモーリスが「あっ」と声を上げた。


「すみません、殿下。ちょっと抜けてもいいでしょうか。そろそろ馬たちに餌をやらなきゃならない時間です」


 言われて窓に目をやれば、そろそろ日暮れという頃合い。今日は雪なので太陽は見えないが、薄曇りの空がさらに暗さを増していた。

 その空を横目に、彼は少しばかり言いにくそうに退室の許可を願い出る。


「夜になる前に厩の掃除もしてやらないといけません、急いで終わらせますので……」

「いいわよ、行ってきなさい。そっちが本来の仕事でしょう」


 一方の私は、そのあたりはぜんぜん気にしない。モーリスは気まずそうな顔をしているけれど、怒らないし怒る理由もないのである。

 別に一人でサボろうとしているわけでもなし。むしろ厩の掃除は重労働だ。

 こっちの仕事も手伝ってほしいけど、自分の仕事の方が最優先。行ってくるようにと軽く手を振って行ってくるよう促せば、馬好きのモーリスは会釈一つだけを返して、飛び出すように物置を出て行った。






 そして、しばらくしてからオマケを連れて戻って来た。


「………………」

「………………」


 モーリスが出て行ってから、たぶん一時間半くらい。

 彼を待つ間に私とヘレナで掃除をし、きれいになった物置部屋。


『殿下に掃除をさせるわけにはいきません!』というお決まりの文句も聞き流し、箒を手にしている現在。

 私の真正面には、出て行ったとき以上に気まずそうな顔をしたモーリスが立っている。

 そして、彼の背後には――。


「――――おれも手伝うぞ!!!!!」


 元気よく叫ぶオマケ。

 なにやらちみっこいのがくっついていた。

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