2.疫病の流行に備えよう(1)
つまり、やるべきことは水際対策なのである。
病気を入れない招かない流行らせない。日々のうがい手洗いを徹底し、規則正しい生活を送り、たっぷりの就寝時間を取る。病気の予兆が見えたら即座に隔離し感染拡大防止。
これが、無保険で生き抜くための唯一の方策なのだ。
ということで、即断即決即行動。
やらなきゃいけないからには即日実行。
野営地から戻って来たばかりだけど、まずは水際とするべき診療所と病室を屋敷内に設けるとしよう。
それではまず最初に、力仕事用の暇そうな人材を用意します。
「――――人使いが荒すぎやしませんか!!??」
用意された人材が、連れてこられた空き部屋の前で叫んだ。
「こっちは野営地から戻ったばかりなんですが!? 四十過ぎの老体ですが!? 少しは休憩させてくださってもいいんじゃないですかね!!??」
と声を荒げるのは、暇そうな人材こと御者である。
野営地での往復を終え、厩に馬をつないで一休み。老体と言うほどではないけれど、連日の往復は堪える年頃。さて今日は早めに帰れたし、たまにはゆっくり部屋で過ごすかフフフフフ――――と馬に話しかけているところを捕まえられて、彼の顔には嘆きが浮かぶ。
ちなみに御者御者言うけど、もちろん彼の名前も知っている。
彼は王宮勤めの厩番、モーリス。馬好きが高じて四十三歳独身子なし。継ぐ家もなく継がせる子もないゆえに、私の辺境行きに同行させられたという気の毒な人物だ。
「だいたい、いきなり物置を片付けろなんてそんな無茶な。私一人しかいないじゃないですか」
そのモーリスは、連れてこられた空き部屋を覗き込みながら首を振った。
空き部屋があるのは二階の端。物置として使われていたため村人の部屋として開放することもできず、放置されていた場所だ。
そしてその部屋の周囲にいるのは、私とヘレナとモーリス、のみである。
「一人じゃないわ。三人いるでしょう」
つまり、十分な人手がいるということだ。
胸を張って反論すれば、モーリスが確認するように周囲に視線を巡らせた。
誰かほかに人手もいるのか――と言いたげな視線は、屋敷の回廊を何度か往復してから、再び私の前で止まる。
「殿下と、ヘレナさんと、私……?」
「私と、ヘレナと、あなた」
他にいったい誰がいるという。
というか実際、他に動かせる人手がないのだ。
初雪が降ったとはいえ、草原にはまだ草が生い茂っている。毒抜きの重要性を考えれば、採集作業班は動かせない。
魔物狩りは主要な食糧収集源。こちらの人員も動かせない。
雑用係は革なめしの仕事が入ったせいで忙しくなり、手が空かない。
針仕事の女衆は、採集作業を優先してすでに人員を絞っており、これ以上は絞れない。
今動けるのは、野営地からの帰還組。うち護衛二人は狩りの方へ支援に行かせ、女衆は採集作業を手伝うようにと依頼した。
水際対策は必須だけれど、食糧収集の優先度はそれ以上に高い。特に時間制限のある採集については、ラストスパートをかけなければならないのだ。
この結果、残るはこの三人のみとなる。
アーサー? あれはヘレナより腕力がないから……。
「………………」
状況を理解したのか、モーリスの顔が歪んでいく。
仮にも王族の御者を務めるだけあって、黙っていればそこそこ精悍な顔が、今となっては見る影もない。
休暇の予定が潰れ、がっくりと肩を落とすモーリスに、傍にいたヘレナが慰めるように呼び掛けた。
「……モーリスさん、諦めたほうがいいですよ。殿下にお仕えすることになったのが、運の尽きなんです」
失礼な。
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