1.冬の到来(3)

「いえでもこう言っておいてなんですが本当に瘴気が直接の原因となる病気があるのならぜひとも見てみたいですね研究者としてはもしあるのなら瘴気についてのこれまでの考え方を変えなければいけません命にかかわらないなら僕自身でかかってみたいくらいですどこにどう不調が出るかは実際に自分の体で体験しないと――――」


 とか言い出したアーサーを叩きだし、再び執務室の椅子の上。

 今度は一人になった部屋で、私はなんとも言えない疲労感を覚えていた。


 いやあ、これだからオタクってやつは。自分の専門分野になると口を挟む隙もない。

 しかもちょっと嬉しそうだったし。村の危機を前になんと不謹慎な。ゲームをやってるんじゃないんだぞ!


 などと自分を棚に上げた悪口は置いておいて。


 とにもかくにも、ひとまず聞きたいことは聞けたとは思う。

 途中から句読点が消えてものすごく聞き取りにくかったけど、ざっくりまとめると瘴気と病気の因果関係は事実として『ある』のだ。


 ただしそれは、スレンが言ったような『瘴気が病気を連れてくる』というような直接的な原因ではない。

 瘴気で体が弱ると病気にかかりやすくなる。このときに別の要因で病気がやってくると、平時に比べて大流行を起こしやすくなる――というのが専門家の意見なのである。


 ――……ううん、まあ、筋は通っているわね。


 つまり、秋にこの村を襲った病気の流行と同じメカニズム。通常であればさほど脅威にならない病気も、弱っていては大問題になるということだ。


 そしてその理屈で言うのなら、実際にこの冬に病気が流行する可能性が、かなりの確度であるということにもなる。

 だとすると、さすがに黙って見てはいられない。なにか対策を講じなければならないだろう。


 ――対策、ねえ……。


 薬はない。病院もない。医者もいない。

 医者代わりにいるのは、単に人より知識があるからと任されているアーサーだけ。あとはせいぜい、応急処置を学んだ護衛たちがいるくらいだ。


 この状況で、いったいなんの対策ができるというのか。 

 今からでも入れる保険ってあるんですか?


 …………。

 ………………………………………………………………………………………………………………。


 うん、なさそう!!


 一応、ぱっと思いついたのは屋敷の家探しだ。

 書斎を見るに医学書もそれなりの数が混ざっているし、そもそも新しい開拓地に行くにあたって医者を一人も連れて行かないわけがない。たぶん、この屋敷には誰か医者がいたはずだった。

 そうなると、もしかしたら薬の一つも残っているかもしれない。あのろくでもない領主のことだから、村人がバタバタ死んでいく中でも自分たちのための薬を確保していた可能性はあるだろう。しかも、結構な確率で。


 とはいえ、たとえあっても数は多くないだろう。

 なんだかんだと一か月弱ほど暮らしてきた屋敷。忙しくて屋敷の全容をくまなく見て回る時間がなかったとはいえ、さすがに大量に薬があるなら気付いている。

 それに、どんな薬が見つかるかもわからないし、それが今後やってくるかもしれない病気に効くかどうかもわからない。


 これでは、いくらなんでも保険とは言えない。せいぜいが気休め程度。保険というより、『交通安全』と書かれたお守りくらいの効果である。

 要するに、この村は無保険確定。一度病気が流行ろうものなら大惨事は間違いなしだった。


 だったらもう仕方なし。

 いっそ諦めてこの状況を受け入れるしかないだろう。


 そして開き直るのだ。

 たとえ無保険でも、事故らず走りきれば結果は同じ。

 最初から病気を流行らせなければいいのだ――と。

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