1.冬の到来(2)
不吉なフラグだけを残して、先住民たちはさっさと荷物をまとめて引き上げていってしまった。
こちらがなにか聞く暇もない。あっという間にテントを片付け、あっという間に去っていった。
それでもまあ、連れてきた他の女衆も世話になった相手に別れの挨拶ができたらしいので良しとしよう。
今回彼女たちを連れてきたのは、なにも仕事を期待してのことではない。というか本当は置いていくつもりだったのに、今年最後の挨拶に行くと言ったら、彼女たちの方から付いて行くと言い出したのだ。
野蛮人だなんだと言いつつも、野営地に通ううちにそれなりに親しくなっていたらしい。
特に現在の村は、来年生き残れるかどうかが未定の状況。最後の挨拶が最期の挨拶になりかねないということで、一言くらいは交わしておきたいと思ったのかもしれない。
そんなこんなで当初の目的は達し、私たちは帰路についたのである。
というわけで、村へと戻ってきた現在。
私は人払いをした執務室で、アーサーと難しい顔を突き合わせていた。
時刻は昼を少し過ぎたころ。一緒に帰ってきた女衆は、採集作業を手伝うようにと頼んで解散してもらった。
ヘレナさえも、お茶を入れたあとは退室させて話し合うのがなにかと言えば――。
「………………十年前に先住民の間に流行った病気、ですか」
もちろんのこと、聞いたばかりの不吉なフラグだ。
さすがにちょっとこれは、うかつに人には話せない。あくまでも真偽不明の噂話だし、実際に起きるかどうかもわからないのだ。
今はようやく、冬に向けた希望が見えてきたところ。初雪早々に下手なことを言って、無用な混乱は起こしたくはなかった。
しかし、領主としては完全に無視するわけにもいかないわけで。
「どう思う……?」
「ううん……僕からはなんとも……。彼らになにがあったのかは、専門家でもないと知るのは難しいですね……」
私の問いに、向かいのアーサーは難しい顔で腕を組む。
瘴気がつれてくる病気、というのであれば、瘴気学者であるアーサーがなにか知っているかと思っていたけれど、この反応だと厳しそうだ。
「ただ、瘴気が濃いと病気が発生しやすい、というのは事実ではあります。このあたりもまた、学者の間で意見が分かれるところなのですが……」
アーサーはそう言うと、腕を組んだまま少し考えるように目を閉じた。
それから一つ息を吐き、ゆっくりと瞬き、首を振り――――。
いったいどんな話を聞かされるのかと息を呑む私の前で、らんらんと目を輝かせた。
「瘴気こそがすべての病の原因である、とする説もあるくらいです。そもそも病気というものは『悪い空気』によって感染すると言いますでしょう? 悪い空気とはじめじめした場所や濁った場所、死者が出たような場所の空気のことを普通は指しますが、ここに犯罪者や異教徒の住処を含める人もいるんです。で、そういう方々はそれをすべて含めて、悪魔の生み出した広義の『瘴気』と呼ぶんですね。たしかに瘴気の発する場所は異教徒や犯罪者の住処になりやすいですが、これは考え方が逆で僕らが瘴気の発する場所を避けるから逆に彼らが住み着くようになるんです。だいたい空気中の瘴気を多少吸うくらい、ぜんぜん大きな害はないんですよ。彼らが問題にするような犯罪者の隠れ家だって、聖域周辺のこのあたりの瘴気と比べたらあってないようなものです。ほとんど体に影響ないですよ。いえね、濃い瘴気が体に悪くないとは言いませんよ。実際なんらかのきっかけで急にその地域の瘴気が濃くなると体を壊す人は増えます。病気も流行りますよでも瘴気で弱っているところに病気が来ればそりゃ流行るに決まっています因果関係が違うんですよ瘴気とはただそこにあるものであって僕の調査でも――――」
「待て待て待て待て待て待て待て待て!!!!!!」
まじめに考えていたのが馬鹿らしくなるほどの早口に、私は思わず叫んでいた。
だめだこの男! 瘴気の話を振るんじゃなかった!!
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