2.疫病の流行に備えよう(7)

 なるほどね、手伝いなんて興味のなさそうなトビーがモーリスについてきたのは、母親の昔の仕事だったというのが原因か。


 私も村へ来て約一か月。だんだんと村人の顔と名前と、ざっくりとした性格が一致してきた。

 とはいえさすがに、村にくる以前のことまでは知らない。そこまで仲良くなっていないのもあるし、彼らも積極的に語りたがらない場合がほとんどだ。

 まあ、これまでの生活を捨てて開拓村まで来る人々である。元いた場所で大成功、左うちわで悠々自適な生活――というわけではないのが大半だろう。


 しかしそのあたりはプライバシー。

 犯罪者でもない限りは、あまり深くは追及しまい。とにもかくにも、彼女は病院勤務の経験者なのである。


 もともと病人の看護については頭になかったし、特に割り当てる人員も考えていなかった。必要になったらおそらく村人から有志を募ることになっただろうけれど、それもどれほど集まるかはわからない。

 先も言った通り、看護は大変な役目。やりたがらない人間の方が多いだろう。もしも誰も立候補をしない場合は、村人間で強制ローテーションを組むしかなかった。


 だけどこの場所は病気の水際。できれば出入りをする人間は増やしたくない。

 強制ローテーションでは仕事を覚えるのにも時間がかかるだろうし、仕事の質にもばらつきが出る。

 となると、やっぱり専任者がいた方が都合が良い。

 息子を優先しがちな母、という点に不安はあるものの、経験者という点を踏まえると一考の余地あり。まずはやらせてみてから判断としても良いように思う。


 ……などと思いつつ、エリンをちらり。

 火の影に揺れる彼女の面立ちは細く、ちょっぴり儚げな雰囲気を持つなかなかの美人だ。

 年齢はたしか三十歳。村ではかなり若い方。柔和な容姿は好感度〇。服は汚れもなく、靴の泥汚れもちゃんと落としていて清潔感〇。大人しそうな見た目に反して、言いたいことはきちんと言える積極性も〇。

 なにより、子連れ。いざという時の不安要素ではあっても、平時においては話は別。

 むしろ『感染予防』という面に関しては、我が子を守るためにやる気◎がつくかもしれない。


 つまりどういうことかというと――。


 ――……広報に使えそうね。


 看護の仕事がない間は、病室勤めはやることがない。

 というかこの冬いっぱいは、その状態であることが望ましい。


 水際として診療所兼病室をつくってはいるものの、もちろんこれだけでは病気の発生は抑えられない。

 ここは単なる最終防衛ライン。本命はその手前の、病気の感染予防の方にある。


 つまり、うがい手洗い規則正しい生活習慣。加えて衛生環境の向上。定期的に体も洗って、服もきちんと取り換える。これらを村人たちに徹底させるのが最重要だ。

 現時点であまり衛生的ではない彼らに、この習慣を根付かせるのは難しい。一度呼びかけるだけでは身につくはずもなく、定期的な周知が必要になるだろう。


 これを診療所兼病室から発信できればありがたい。

 私がいちいち言うのは手間がかかるし、村人からの信頼度的にも鬱陶しがられるのが目に見えている。私に代わって村の誰かにやってもらいたいとは思っていた。


 この役目を、エリンに任せるのは悪くないかもしれない。

 若くて見栄えがするし、きちんと清潔感がある。もともと病院勤めをしていたことも、村人たちへの説得力になるはずだ。

 我が子を守るためとなれば、エリンも広報に手を抜くことはないだろう。

 昨年の秋、猛威を振るった病気に倒れたのは子供たち。あまりここにつけ込みたくはないけれど、たぶん彼女としては、二度と同じことをしたくないと思うはず。病気を抑えこむために衛生環境の向上が必要なら、できる限りのことをしようとするはずだ。


 ――――ふむ。


 ちらりと見つつ、私は無意識に腕を組む。

 入院患者の看病に衛生指導。アーサー一人では手が回らないだろう医療業務のサポート役。

 これらをまとめた、医者とは別の病室専任者。


 これを下働きや召使と呼ぶには忍びない。村における生命線となりうる重要な役目だし、誰でもできる仕事と思われては、発信者としての説得力も弱くなる。


 ならばここは、この村独自の新職業を創出しよう。

 その名も『看護師』! 病人看護のスペシャリストである!!


 …………なーんか、どこかで聞いたことあるような?

 これ、もしかして前世知識?


 うーん、相変わらず役に立つようで役に立たない前世知識よ。

 まあでも、とにもかくにも方針は固まった。

 ので、私は返事を待つエリンへと一つ大きく頷いてみせる。


「――――わかったわ。病室のことは、今後あなたに任せましょう。いくつかやってもらいたいこともあるから、よろしくね」




 と、いうわけで病気の水際対策はひとまず着地。

 いやまあ診療所兼病室づくりが残っているのだけど、これは単にものを配置していくだけだからね。

 食後に他の男衆も集めてササッと終わらせ、他に必要なものがあるようなら、その都度追加していくことにして、とにもかくにも今の時点で私にできることはこれでおしまい。

 あとは、瘴気が運ぶという病気が来るのを座して待つのみだ。もしもこれでダメだったら――――。





 ………………どうしようね?

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