25.来る冬に備えよう(6)

 下手をすれば、家が倒壊しかねない魔法の爆発。

 あるいは家自体は無事でも、振動による屋内の損壊。家具の破損。天井の崩落。その他数多の要因によって、家々に眠る遺体の巻き添えは免れなかった。


 もしも死者の家が破壊されたとき。中の遺体が押しつぶされたとき。魔法によって吹き飛ばされたとき。果たして、村人たちの悲しみはどれほどのものだろうか。


 ただでさえ、不幸な境遇で亡くなった同じ村の仲間たちだ。

 あるいは遺体の中には、彼らの身内だっているはずなのだ。

 そんな見知った者たちの遺体が蹂躙されたならば、すでに地の底にある信頼度が反対側に突き抜ける。これまで細々と積み上げてきた実績も無に帰し、もはや彼らの信頼回復は不可能になるだろう。


 というかそもそも、そんなことしたら闇討ちされても文句は言えない。信頼以前の問題である。

 だから事前に墓穴を掘って遺体を埋葬しておく必要があったんですね。


 ついでに言うと、狩りの得意な村人を数人連れたのは、まだ村に不慣れな護衛たちのサポート兼道案内。加えて魔物狩りの経験値を稼ぐためだ。

 これで場数を踏んで慣れてくれれば、護衛に頼らず魔物狩りができるようになるかもしれない。あるいは狩り要員の頭数が増えることで、より高度な狩りに挑戦できるかもしれないという思惑もあった。


 ま、なんにしてもまずはやってみないと始まらない。

 そして、初回の結果は上々だ。

 カイルが選んだのは、魔物にしては小型な全長約一メートルの巨大ウサギ。見た目が草食獣の魔物は肉食獣に比べて凶暴性が低い傾向にあり、騎士団的には比較的討伐しやすい相手である、というのが彼の主張である。

 実際、誘導した路地裏での魔法の威力も、以前の狼ほどではない。衝撃で屋根やら扉が少々吹き飛びはしたものの、前みたいに家が半壊するということもなかった。


 これくらいなら、たぶんあと二、三回はくらっても大丈夫。ちょいちょい補修も加えれば、プラス二、三回ほどは持つだろう。

 つまりこの程度の魔物であれば、あと四、五回ほどは同じ場所で狩りができるということだ。


 先住民から教わった通りその場で血抜きもしたし、解体時の注意事項も覚えている。毒抜きの方法だってわかっている。

 これらの魔物は、私たちにとって十分に狩りの獲物になるのだ。


 今まで得た知識、経験、環境を生かした魔物狩り。

 これこそが、私が見出した秘策。食糧、薪、魔物対策をすべて解決できる究極の一手なのである――――。




 という内容を、昨日はぼんやり説明を誤魔化し、祭りで得た信頼を消費してゴリ押しで領主の屋敷に避難させていた村人のみなさんに話したところ。


「――――――そうなると、あたしらの家はどうなるんだい?」


 えっ。


「あんたに言われた通り、大事なものはこの屋敷には持ってきているけどさ……。そんなことして、あたしらの家は大丈夫なのかい?」


 無事に魔物を仕留め、凱旋してきた領主の屋敷。

 一階にある玄関ホールに突如集められた村人たちが私へと向けるのは、どこからどう考えても戸惑いの目だ。

 彼らの浮かべる表情に、怒りや不満の色はない。ただひたすらに「なにを言っているんだ?」と話を呑み込めていない顔だった。


 まあ、それはそう。

 いきなり村の中で魔物狩りが行われ、しかも自分たちの家が魔法の衝撃を防ぐ盾にされるなんて言われたらね。

 どういうことだ、って思うよね。


 でも、この手のゲームは既存環境を利用するのが常套手段。

 特に序盤の資源に余裕がないうちは、新たに施設を立てる余裕もない。すでに存在する建物があるのなら、どんなに使いにくい立地でも、なんとも邪魔な配置でも、文句を言ってはいけないのだ。


 あるものは使う。ないものは代用する。どんな些細なものでも活用する。

 そしてこれらの既存施設、一番の活用方法がなにかと言えば――。


「だいたい、食糧と魔物対策をしたのはわかるけど、薪のことは解決してないんじゃないのかい?」


 村人たちを代表して、呆けた顔のマーサが考えるように私に問いかける。

 なるほど、いいところに気が付いた。花丸をあげよう。


「その、薪ってのはどこから出てきたんだい…………?」

「…………」

「ねえ、あんた。まさか…………」

「………………………………」


 ………………………………………………。

 にっこり。




 既存施設の一番の活用法。

 それは、解体で得られる物資の確保だ。


 建物を壊せば木材が得られる。

 土台を崩せば石材が得られる。

 施設によっては鉄材なんかもあるだろう。


 現在の村で言えば、まず得られるのは空き家のベッドや棚を解体した木材。

 すでに家の住人はなく、遺体も埋葬済み。亡骸の眠っていたベッドなんてリサイクルにもならないわけで、使用先は暖炉の薪の他にはない。

 家自体はなるべく補修して長持ちをさせたいけれど、魔物の魔法を喰らい続ければ、いずれは崩れて壊れるだろう。そうしたら解体。木材。からの薪だ。

 この村の家はログハウスみたいなもの。ほとんど未処理の丸太を積んで作っているだけに、解体のしがいがあるというものである。


 そんな家々のうち、村にあるのは空き家が十九戸。加えて使用者のいる家が十五戸。集会場も三棟ある。

 つまりはこれだけの数が、魔物狩りの障害物として活用でき、さらには薪にもなるのだ。


 なんて素晴らしい発想の逆転。必要だと思っていた家をなくせば、冬に向けた問題のすべてが解決するのである!


「――――あ」


 とは、もちろん村人たちはならない。

 期せずして告げられた事後報告に、彼らは一様に顔を強張らせ――――。


「悪魔――――――――――!!!」


 私への信頼を地の底まで突き抜けさせ、それこそ悪魔でも見るような顔でそう叫んだ。

 それはもう、絶賛御礼大ブーイング。呑み込めなかった説明も、どうやらマーサの質問で理解できたらしい。子供から大人まで、誰もが例外なく私に不満を訴えている。


 しかしながら、そんな声など気にしてはいられない。

 村人の非難を一心に受け止めて、私は笑みのまま胸を張る。


「――――悪魔でけっこう!!」


 村の大事なものは運ばせた。魔物狩りの成果も示された。

 雪が降るまでもう時間はない。今ある手札をすべて使って、これが最善手だと判断したのだ。


 なので怖じるつもりもなければ引くつもりもない。

 私は大きく息を吸うと、村人たちへと宣言した。


「魔物の侵入は防がない! 食糧は随時調達! 薪は壊れた村の家を解体して消費! あなたたちは全員、今日からこの屋敷で集団生活!! これで冬を乗り切るわよ!!!!」


 さーて、冬の間も村のみなさんにはキリキリ働いてもらいましょう!!!

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