25.来る冬に備えよう(5)

 冬に向けて瘴気が増し、それにあわせて魔物もますます増えていく。

 アーサーの予想では十日に一度。瘴気により活性化した魔物が、人里へと降りてくるという。


 だけど村の防衛は間に合わない。

 村を囲う柵は脆く、すでに壊れている箇所もいくつかある。

 修繕をするだけの物資の余裕はなく、人手も時間も足りていない。たとえ修繕したとして、魔物の侵入をどれだけ防ぐことができるだろう。


 魔物は基本的には大型獣だ。通常の獣に比べて力が強く、凶暴で攻撃的。

 以前に村が襲われた時も、魔物は柵をものともせず、体当たりの末破壊して侵入してきたのだ。


 十日に一度の襲撃を受ければ、どれほど修繕しても間に合わない。柵はいずれ崩壊し、村を守る手立てがなくなってしまう。


 ならばこの状況、いったいどうする。

 いっそ逆に考えればいい。


 もう侵入されちゃってもいいや。ウェルカム魔物、と。



 〇



 それではここまでこそこそやってきたことを、順に解説していこう。

 まず最初に、女衆に頼んでいた取引の内容から。


 針仕事の報酬として交換できないかと打診したのは、先住民たちが狩猟した魔物の内臓だった。

 魔物の内臓は瘴気を多く含み、煮ても焼いても食べられない。しかし食べられないのは我々人間の話であり、相手が魔物であれば話は別だ。

 魔物に捨てるところなし。魔物の内臓は、同じ魔物を誘き寄せる餌になる――とはスレンの言葉。

 つまりこの内臓さえあれば、十日と言わずもっと頻繁に魔物を呼び寄せることができるのである。


 魔物の内臓は、ありがたいことにほとんど捨て値で交換できた。

 さて次の問題は、この内臓をどこに撒くかという話だ。


 もちろん、村の中に撒くわけにはいかない。ただ撒くだけではどんな魔物が来るかわからないし、もしも群れでやって来られてはひとたまりもないのである。

 なので撒く場所は、村から十分に離れた場所。しかし離れすぎもせず、安全に村までできる場所だ。



 そう、誘導。

 魔物をおびき寄せたあと、次にするべきことは魔物の吟味と誘導である。


 吟味はそのまま、勝てそうな魔物を選ぶこと。

 もしも勝ち目がなさそうなほど強大な魔物であれば諦める。あるいは見たこともない、どんな魔法を使うかもわからない魔物にも手を出さない。大群の魔物も避ける。少しでも難しそうだと思っても逃げる。


 選ぶのは、確実に仕留められるだろう相手。もしもねらい目の魔物がいたら、注意をひきつけ誘い出す。

 決して草原では戦わない。草原は魔物たちのフィールドであり、不慣れな私たちが戦いを挑むには危険すぎるからだ。


 この誘導の役目は、騎馬技術のある護衛の誰かが行う。

 初回の今日を任せたのは、先住民の狩りに参加した経験のあるカイルだ。


 魔物の誘導自体は、騎士団での狩りでもやっている。できる、と言ったのは彼自身の言葉通り、彼は無事に魔物を村まで連れてきてくれた。

 最初に聞こえた金属音が、その証拠だ。


 あの音は、彼が村のどこから入り、どこへ向かうかを知らせる音。その音を頼りに、村に待機している人間が、魔物の向かう場所へと先回りをするのである。




 この音を鳴らすのが、雑用係の男衆に用意させたもの。

 壊れた柵の周囲にひもを張り、木片や金属片をつるして音を鳴らす。いわゆるひとつの鳴子である。


 ひもは騎乗していても引っかからない高さに配置し、村に入る際に誘導役が自分で鳴らす。

 音の種類は東西南北それぞれ変えて、村に入ってきた位置とタイミングを測れるようにする。

 位置によって、魔物を誘導するルートは微妙に変わる。村の中で待機している人間は、その音を聞いて待ち伏せ場所を把握するのだ。



 待ち伏せ場所に設定したのは、できるだけ家々の密集している場所。

 あるいは窮屈な路地裏。家と家の間。身動きのとりにくい場所などだ。


 そこで私たちは身をひそめ、魔物を挟み撃ちにする。

 目的は、誘導役の連れてきた魔物を攻撃すること。そして、魔法を『誘発させる』ことだ。




 先住民の狩りを真似できない理由は二つ。

 一つは幼体を見分けられないこと。

 もう一つは、魔法を誘発する前に倒せないことだ。


 ならばどちらも、やめればいい。

 騎士団での討伐は、どちらもやっていないのだ。


『騎士団で討伐をするときは、意図的に障害物のある場所を選んで魔法を発動させるようにしているくらいです』


 以前、カイルは私にそう言った。

 彼らのする討伐では、魔法をわざと発動させる。それを物陰で防ぎ、魔法発動後の無防備になった魔物を倒すのだ。


『多少の物陰さえあれば、魔法の被害は軽減できますから』


 魔物の狩りが難しいのは、ここが『草原』だからである。

 それはつまり、草原でなければ狩りは不可能ではないということ。

 物陰があれば、障害物があれば、魔法の被害さえ軽減できれば、元は騎士である護衛たちには魔物と対峙するだけの力がある。



 だが、この見渡す限りの草原に、物陰はどこにある?

 どこまでも続くような草原にも、よく見ればわずかな森が点在している。村から数時間ほど歩いた場所には、いつも薪を伐採している小さな木立もある。あるいは川をさかのぼって聖山のふもとまで行けば、鬱蒼とした樹海が広がっていることだろう。


 だけどそんな遠くまで足を延ばさずとも、障害物のゴロゴロある場所があるではないか。

 こちらに地の利があり、頑丈な障害物があり、いくらでも隠れる物陰のある場所が。




 騎士団の討伐のように、自分より強い魔物に挑む必要はない。

 見上げるほどの巨大な魔物を相手にする必要もない。

 大群となった魔物たちに、決死の覚悟で立ち向かう必要などないのである。


 相手にするのは、戦いやすい一頭だけ。

 魔物を吟味し、勝てそうな相手以外には手を出さない。

 場所は勝手知ったる村の中。

 魔法を発動させても構わなくて、その魔法を防ぐための頑丈な障害物もあちこちにある。


 入り組んだ村の奥まで誘い込めば、逃げ腰になった魔物もそう簡単には逃げられない。挟み撃ちをしていればなおさらだ。

 あるいはなにか不慮の事故でも起きたなら、地の利を生かしてこちらが逃げても構わない。

 これは『討伐』ではなく『狩り』なのだ。




 以前、魔物相手に後れを取ったのは、不意打ちを食らったからに過ぎない。

 入念な準備と計画を立てれば、私たちにも魔物を仕留めることはできるのだ。

 それを今日、今から証明してみせる。


 ――まあ、私はお留守番なんですけどね!!


 最初の金属音が響いたあと。魔物狩りにはさすがに足手まといだと、護衛狩人ヘレナ全員から大反対を受け、村の中心部で居残りをさせられている最中。

 じりじりと待機する私の耳に、ドォンと魔法のはぜる音が届き――。


 それから少しの間のあとで、尾を引くような魔物の断末魔が響き渡った。

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