24.【実績解除】駆け出し商人 ―取引を一回以上する(2)

 はじめはおどおどしていた村人たちも、実際に食事が始まるとなんだかんだ楽しんでいるようだった。

 普段は食べられない肉の塊にかぶりつき、いつもと違ってちゃんと味があることに感激し、見たことのない魔物肉をおっかなびっくり食べてみて、案外美味いと驚いた顔をする。

 瘴気の毒を警戒する村人は少なからずいたけれど、「腹いっぱいで死ねるなら……」とかなんとか、重めの覚悟を決めて食べていた。


「最後の最後に腹を満たせるなんて……これも神様のお慈悲かねえ…………」

「飢えで死ぬよりは毒の方がまだ辛くない。お前もお食べ……」

「死ぬときはみんな一緒ということか。フフ……あの生意気な王女めが、粋なことを……」


 なんで誰も彼も死ぬつもりでいるんだこの村は。

 なんで私が粋な集団自殺なんてしなきゃならんのだ。

 楽しいパーティーなのに、ほんのり悲壮感が漂っているのはなんなのだ。


 なーんか釈然としないけど、まあ食べても死なないのは明日以降に嫌でもわかるわけで、今はひとまず放っておこう。

 むしろ、魔物肉なんて我が国ではゲテモノ中のゲテモノ。死ぬ気にならないと食べようとは思わないだろうし、要らん覚悟が決まっているのはかえってラッキーだったのかもしれない。


 それに、悲壮感なく楽しんでいる顔ぶれもちゃんとある。

 昨日の魔物狩猟チュートリアルに参加した村人たちは恐れず食べているし、挨拶後に解散を言い渡した護衛や御者たちもそうだ。


 給仕の役目を終えた護衛たちは、今日ばかりは鎧も脱いでパーティーに参加している。

 山のような肉を前に、皿に取り分ける姿は嬉しそうだ。もともと戦闘訓練を受けている彼らのこと。非常事態には慣れているためか、普段の質素な食事にこれまで不満を言うことはなかったけれど、本音はやっぱり物足りなかったのだろう。

 食事をしながら談笑をする彼らの表情は明るく、仲間たちとの会話も弾んでいるらしい。


 御者の方は、どうやら村人たちに交ざって一緒に食事をしているらしい。特に若い男衆に囲まれて、旅の話やらなにやらを聞かせている姿が見える。

 ヘレナは、私のために食事を取ってくると言って、今は傍を離れていた。ちょっと探せば、こっちは村の若い女衆に囲まれている。聞こえてくる会話からして、貴族生活の話をねだられているようだ。あの調子だと、しばらくは戻ってこれなさそうだった。


 そんなこんなで、なんとなくできてしまった一人時間。

 私は集会場の片隅で椅子代わりの丸太に腰かけ、なにをするでもなくぼんやり村人の様子を眺めていた。




 食事をする大人たちの間を、大人しく食べるのに飽きた子供たちが駆け回る。

 大人が叱るのも聞かず遊ぶのは、私と同じか少し上くらいの年長の子供たちだ。追いかけっこをしながらテーブルの間を駆け、ときどき皿の上の肉を摘まみ、口いっぱいに詰め込むとまた走り出す。

 それを慌てて追いかける大人たちの横で、一番小さな子供がからりと揚げた芋粉のフライを食べている。見た目にはドーナツだけど、塩味と芋の食感からしてどちらかというとコロッケに近い。まだ熱いそれを手づかみで口に入れ、キャッキャと楽しそうに笑っている。


 うーむ、お行儀の悪いキッズ。

 スプーンとフォークを使っている子供は、見渡す限りほぼいない。みんな手づかみだ。

 普段の食事がスープだから気付かなかったけれど、もしかして今まで食器の類を使う機会があまりなかったのかも? それともマナーを教える余裕すら、この村には存在しなかったのかもしれない。

 大人はちゃんと食器を使っているあたり、庶民のマナーが手づかみということもないだろう。となると、これはちょっと由々しき事態。村の子供の教育が全然なされていない可能性がある。

 別にお上品なマナーを身につけろとは言わないけれど、最低限の行儀作法を知っているのといないのとでは大違い。大人の教育の前に、まずは子供たちをどうにかするべきか――。


「――――王女さん」


 などと手持ち無沙汰にぼやぼや考えている私に、不意に誰かが横から声をかけてきた。

 誰かと思えば、皿を手にしたマーサである。

 彼女から私に声をかけてくるなんて珍しい。いったいどうしたのかと思ったら、彼女はすとんと私の横に腰を下ろした。


「ほら、あんたの分だよ。あの大男からもらった干し果実」

「……はあ」


 藪から棒に果実を渡され、反射的に受け取ってしまう。

 コロンと手の中に転がるのは、アンズにも似たしわしわの干し果実。調理中に女衆が味見をして、どうにも甘酸っぱいらしいと言っていたのだけは聞いていた。


「久々の甘味だからね。数も少ないし、子供たちにあげることにしたんだ。あんたも一応、まだ七歳ってことだからね」


 なるほどね。思えばドルジェの伝言でも、子供にちゃんとしたものを食べさせろと言っていた。

 これまでの食事は、肉と少しの炭水化物。さらにちょっぴりの首狩り草。野菜もなければ果物もない。植物由来の栄養源はボロボロである。

 こんな偏った食事では、体の出来上がっていない子供にはびっくりするほど悪影響があるだろう。せめて少しでも、これでビタミンを取ってほしいという大人からの思いやりなのだ。


 ……焼け石に水では?


 とは内心で思いつつ、まあ水をかけて悪いことが起きるでもなし。

 村でそう決めたのなら、今日ばかりは私も口を出さない。


「悪いわね。それじゃあ、遠慮なくもらっておくわ」


 なので、そう言って素直に受け取れば、マーサがわずかに頬を緩めた。

 その表情に、私はちょっと意外な気持ちでぱちりと瞬く。


 思えば、険のない彼女の表情を見たのは、これが初めてかもしれない。

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