24.【実績解除】駆け出し商人 ―取引を一回以上する(3)

 干し果実は、前評判通りに甘酸っぱかった。

 甘さよりも酸っぱさの多い野生の味。だけど確かに甘みがあって、噛みしめるほど口の中に味が染みる。


 なんというか、普通においしい。王宮でもっと甘い果実は食べてきたけど、それとこれとは話が別。酸味もおいしいと感じるのは、もしかして体がビタミンを欲しているからなのかもしれない。


 これ、なんの実だろうな。味もちょっとアンズに近いし、近縁種かなにかなのだろうか。

 行商人からも身を隠している彼らが持っているということは、たぶんこの近辺で入手できる野生種なのだろう。魔物ではない普通の獣が生息しているあたり予想していたけど、やっぱり瘴気の毒に侵されていない植物もそれなりにあるらしい。

 だとすると、種類が特定できれば私たちでも収穫できるかもしれない。この実が手に入れば、味の幅が広がるのはもちろん、不足している栄養も補える。今の村の貧栄養状態は、仕方ないとはいえかなり気にかかっていることだ。ドルジェではないけれど、小さな子供にこの環境は、やっぱりちょっと酷すぎる。


 とはいえ、このあたりは来年の話だ。もうじき雪が降るというのに、果実を実らせる木はそうそうない。あったとしても、探しに行くだけの猶予もない。

 結局のところ、まずは目の前に差し迫った冬をどうにかしなければならないのだ。

 そのためにも、最低限死なないだけの食糧。死なないだけの薪と魔物対策。今日のところは大騒ぎしても、明日からはまた質素なスープ生活の再開だ。

 それでどうにか乗り切って春さえ来れば、また打てる手段が増えてくる。はずである。


「王女さん、また難しいことを考えてるのかい」


 なんて考えていたら、マーサが私の顔を覗き込んできた。

 別に難しいことではないけれど、彼女は一人でなにやら納得しているらしい。私の全身をじろじろと眺め、溜息を一つ吐き出した。


「あんた、本気なんだね。本気で冬を越えようとしている。あの野蛮人どものところまで出向いて、取引なんて取り付けて」

「…………そりゃ、本気だけど」


 いったい急になんの話?


 と首を傾げても、マーサは答えない。じろじろ見ていた視線も逸らし、今度は騒ぐ村人たちへと視線を向ける。 


「あたし、明日も行くよ。野蛮人どものところで、仕事をする」


 どこか覚悟でも決めたように呟くけれど、私の方は話が見えない。

 いや、やる気になってくれたこと自体はありがたい。正直、今日の彼女たちの様子から、もう行かないと言われるかとも思っていたのだ。

 そうなると、次に野営地に連れて行くのは村の他の女衆だ。また慣れない野営地で慣れない作業。しかも先住民たちと初対面となると、またしてもあの騒ぎが起きる可能性がある。

 いかに寛容な先住民たちも、二度目の騒ぎまで寛容に流してくれるとは限らない。こちらの女衆が「もう行かない」と駄々をこねる前に、あちらから「もう来ないでくれ」と言われる可能性も重々ある。


 こうなると、ようやく見えた光明も完全に見えなくなる。また一から食糧収集やり直し。今後は先住民の手は一切借りられません、となるとハードモードではなく無理ゲーの詰みゲーだ。向かう先はゲームオーバー一択である。

 なので、ここでマーサの気持ちに変化が出てくれたのは非常に助かる、のだけど。


「どうしたの、急に」


 ちょっと説明が足りていない。

 いったいなんでそんな話を?


「……あたしはね」


 戸惑う私には目を向けず、マーサは村人たちを眺めながら、ぽつりと呟くように口を開いた。


「久しぶりに見たんだ。村のみんなが、こんな風に笑うところ」

「…………」

「去年の秋以来かな。あの冬から、もうみんな声を上げて笑わなくなっちまった」


 去年――というと、例の人口が半分にまで減ったという厳しい冬のことだ。

 マーサはそこで、伴侶と子どもを失くしている。今この場にいる人々の大半も、だ。

 村には大量の空き家ができて、今もまだ、埋葬されずに残されているという。


「またこの光景が見れるのなら、野蛮人の繕い物だってなんだってやるよ。一緒に行った他のみんなも言ってる。また行こう、次はもっとやれるって」


 この光景、と言いながら、マーサははしゃぐ子供たちへと目を細める。

 それからようやく隣の私に視線を向け、ふっと笑うように息を吐いた。


「あんたは、前の領主とは全然違うんだね」

「……そう?」

「前の領主は、こんな祭りは開かなかった。パーティーなんてのも、屋敷で自分たちでだけでだ。領主就任祝いに、あたしたちからいろいろ巻き上げておきながらね」


 うっわ、最悪。思わず声に出ちゃうくらいに最悪。

 前領主、聞けば聞くほど悪い情報しか出てこない。笑えるほどに最悪だけど、おかげで村の状況はこのありさまだ。笑うに笑えない。


「あんたは逆だ。あたしたちの仕事の成果も奪わないで、就任祝いにあたしたちに食べ物を振舞って。……領主の癖に、こんなことする人間がいるなんて思わなかったよ」

「いや、それは前の領主がおかしすぎるだけよ」


 こんな小さな村で、数少ない領民にわざわざ嫌われようとする領主がどこにいる。

 万全の守りができた状態ならまだしも、こんな発展途上で村人にそっぽを向かれては、滅びる以外の道はない。そんなわかりきったことをしでかすなんて、さすがに前領主の他に存在しないだろう。


 そう思って即答すれば、マーサが驚いたように目を見開いた。

 そして、その表情をすぐに大きな笑みに変える。


「違いないね!」


 ぶはっ、と吹き出すような声。続いて聞こえるのは、体を揺らすような笑い声だ。

 あっははと愉快そうに笑いながら、彼女は無遠慮な手で私の背中を大きく叩いた。


「ほら、あんたももっと食べな! 中身はともかく、体はまだまだ子供なんだから! そうだろう――――!!」

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