24.【実績解除】駆け出し商人 ―取引を一回以上する(1)

 バスケットの中には、今回交換しなかったチーズに夏芋の粉、スパイスの小袋、獣脂の入った小さな壺。それに見たことのない、干した果実のようなものがいくつか入っていた。

 量としては、サービスと言った通りお試し分くらいだ。籠いっぱいとはいえ、村全体で分けるには少なすぎる。

 しかし、貴重な食糧であることには間違いない。それも、肉と草しかない村に現れた新たなる栄養源だ。

 ここは一度落ち着いて、慎重に使い方を思案するべきところ。はてさて、これをどう扱えば、最大限効率よく活用できるだろうか――。


 と本来なら頭を悩ませるところだけど、しかし今は考えない

 スレンの腹立たしい言葉も、思いがけず受けてしまった過剰サービスも、村の今後についてさえも今回ばかりは目をつぶることにして。


 とにもかくにも、私たちは十分な食糧を抱えて日暮れ前には村に帰りついたのである。






 で、結局この十分な食糧がどうなったかと言えば。


「――――な、ななななな、なんだこりゃあ!!!??」


 夕暮れ時の集会場に、穏やかならざる悲鳴が上がる。


 悲鳴の主は、いつもの時間にいつものように食事をしに集まって来た村人たちだ。

 いつも村全体で食事をとる集会場。いつもの見慣れた食事風景は、しかし今日この場には存在しない。


 いつもであれば、食事はわずかに肉の浮いた薄いスープと、来年の作付け用の小麦やトウモロコシで作った薄いクレープのみ。スープは大鍋一つで作られて、量はきっちり一人一杯。それにクレープ一枚が添えられた、貧相と言うのも生ぬるい悲惨なものだった。


 だけど今の集会場に並ぶのは、見渡す限りの、肉、肉、肉である。


 山と積まれた肉は、狩人たちが獲ってきたいつもの獲物――見慣れたウサギやアナグマに加えて、野営地で先住民たちと交換してきた魔物肉である。

 調理の種類も様々で、焼き肉に蒸し肉、とろとろに煮込んだ肉に、揚げ物もあるし、挽いて焼いたハンバーグもある。スープも今日は具だくさんで、骨付き肉がごろごろと浮かんでいた。


 味付けは塩のみ。とはいえ、このあたりは調理をした女衆の工夫が光る。

 首狩り草を効かせた香草焼き。スパイスを揉み込んだちょっと辛みのある大人の味。ヤギチーズ乗せて焼いたチーズ焼き。さらには配合を少しずつ変えて、飽きないように味に幅を持たせてくれていた。


 加えて今日は、きちんと炭水化物もある。

 もらった夏芋の粉を、水で捏ねて焼いたもの。油で軽く揚げたもの。水で溶いてとろみをつけ、肉と絡めてみたもの。いつものように、やっぱり薄く延ばしてクレープ状に焼いたものもある。


『小麦粉とはだいぶ使い勝手が違うね。水で溶くとすぐにべちゃべちゃになって、なかなか扱いが難しいもんだよ』


 とは、はじめての食材に試行錯誤していたマーサの言葉。まあ失敗したものは全部スープに放り込んで、無駄になっていないのでオールオッケー。

 なんにしても、炭水化物の塊があるのはすごいことなのだ。


「い、いったいなにが……どうして……」


 困惑する村人たちに答えるならば、これは女衆に食材の使い道を任せた結果である。

 今日手に入った食材は好きにしていい。ドルジェからもらったサービスも含めて、やりたいようにやってみるように言った結果がこの通りだ。

 腕によりを振るった彼女たちの食事を前に、普段の粗食に慣れ切っていた村人たちは呆然とし、動揺し――。


「そうか……ついにこの村も終わるのか……」

「これが最後の晩餐なんだね……せめて最後はお腹いっぱい食べようね……」

「ああ、神様……! どうか我らに安らかな終わりを与えたまえ……!」


 喜びを通り越して、その場にくずおれて神に祈り出していた。

 なんて失礼な。


「終わりじゃないわよ。先住民と取引する、って言ったでしょう。その成果がこれってわけ!」


 少々やることがあって先に集会場へと足を運んでいた私は、膝をついて嘆く村人たちにそう一喝した。

 就任十日足らずで村を終わらせてたまるものかい。こっちは全員生かして冬を越す気満々だというのに。


 しかし、私の言葉を聞いても村人の嘆きは変わらなかった。


「そ、そうか……取引か……そうか…………」

「同じ村の女たちに……なんて酷なことをさせたんだ……俺たちは……」

「ああ! ごめんなさいごめんなさい! 村に残ったあたしたちが、あんたらに苦痛を押しつけちまったんだ!」


 まーたあらぬ誤解が。しかも各方面に失礼この上ない。


「違うわよ、普通に仕事をして得たの! もう、面倒くさいわね!!」


 いやもう、この調子ではいつまでたっても話が進みそうにない。

 まじめに誤解を解くのも馬鹿らしいので、こうなったら無理やり話を打ち切るに限る。


 だいたい、ここでああだこうだ言ってもどうせ頑固な村人が納得するわけがないのである。

 むしろ言えば言うほど変な方向に誤解をしていきそうだし、さっさと本題に入ることにしよう。


 ということで、コホン。


「――えーえー、落ち着いて聞いてちょうだい。これは夢でもなければ、やけくそでもありません。現実に、私が用意した食事です」


 まあ、この食材を稼いできたのはマーサたちだけど。

 それを調理したのは女衆だけど。

 そのあたりの細かいことは考えない。ここは領主特権というやつだ。


「みなさん、今日もお仕事ご苦労様。今日はいつもよく働いてくれているみんなのために、この場を用意させていただきました」


 そう言いつつ、私はヘレナと御者、護衛たちへと目線を送る。

 彼らは水の入ったグラスを持つと、四方に散って村人たちへと配っていった。

 それが一通り行きわたるのを見ると、私もまた集会場の中央で水入りグラスを取る。


 本当は、お酒の方がそれっぽかったけどね。

 まあ用意できなかったので仕方ない。そもそも私、未成年だしね。

 せめて雰囲気だけでもそれっぽく、私は戸惑う村人たちへ向けて、水の入ったコップを高く掲げてみせた。


 さて、本日の領主特権最大級。用意した食材を使ったごちそうを、単なる日々の食事として消費するなんてもったいない。

 どうせやるなら思いっきり。できる限り盛大に。もうしっちゃかめっちゃか無礼講に。

 一切の後腐れをなくすつもりで、私は声を上げて宣言した。


「今日の食事は私のおごりです。好きなだけ食べてちょうだい。 ――少し遅れたけれど、今日が私の領主就任パーティーよ!」


 そういうわけで、今日はイベント発生日。村で初めてのパーティーの開催だ!

 かんぱーい!

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