23.取引をしてみよう(3)

 塊肉を馬車に詰め込み、塩の小袋を懐に入れ、点呼を取っていざ出発!


「――――待った!」


 ということころで、出鼻を挫くように制止がかかる。

 いったい何事かと振り返れば、なにやらバスケットを一つ小脇に抱えたスレンが見えた。食糧の交換を終え撤収する先住民たちをよそに、彼は出発間際の馬車へと小走りに駆けてくる。


「どうしたの、スレン。なにか言い忘れたことでも?」


 私は馬車から顔を出すと、目の前で足を止めたスレンに呼び掛けた。

 ドルジェへの退去の挨拶は済んでいる。話すべきことはだいたい話したし、明日以降も訪問することを承知してもらった。

 正直、もう二度と来るなと言われてもおかしくないと思っていたけれど、どうやら仕事自体には納得してもらえたらしい。修繕の必要な服や布もまだまだあるようで、足りなくなるようなら集落にある分も取りに行ってくれるとか。まあ、冬になる前にもらえる仕事がなくなるということはなさそうだ。


 そういうわけで、明日も野営地に来る気満々。まあ明日以降は私自身が出向くかどうかは考え中だけど、とにかく村から誰かしらは派遣させるはずだ。

 なのに、わざわざ呼び止めてまでするような話などあっただろうか?

 急ぎの用でなければ、明日でも良いのに――。


「言い忘れというよりは、渡し忘れだ。ほら」


 と思う私に、スレンはぐいと抱えていた籠を押し付ける。なんぞ?


 反射的に受け取ってしまったそれは、思ったよりもずっしりと重たい。スレンにとっては小脇に抱える程度でも、私の体では両手いっぱい必要だった。

 籠を覗き込んでみれば、中にあるのはいくつかの小袋だ。ずっしりと重たげな袋。ちんまりとした手のひらサイズの袋。それに――。


「……チーズ? どうしたのこれ」

「『サービス』だとよ。ドルジェが渡してやれ、って」

「………………は?」


 ドルジェが? なんで?

 いや本当にピンとこない。サービスをもらういわれがない。スレンの刺繍は報酬を弾むと言われたけれど、これに関しては倍額の支払いで落ち着いた。

 成果と報酬は、互いに話し合ってぴったり厳密に取り決めたことだ。そりゃあ、塊肉の大きさが多少異なるとか、塩ひと匙が人によって加減が違うみたいなことはままあるけれど、これはそういう誤差の範囲ではない。


 まさにサービス。身に覚えのない温情。押し付けられた恩である。


「悪いけど、もらえないわよ」


 なので、私の信条に従って突き返そうとしたけれど、スレンは肩を竦めて受け取らない。

 籠を返す私から視線を逸らし、ちらりと彼が窺い見るのは馬車の奥だ。


 馬車の奥にいる女衆。こちらのやり取りをこわごわと見る彼女たちを目に映し、彼は口を曲げた。


「お前にじゃねえよ。あの女たちに、だ。子供がいるなら、肉だけじゃよく育たない。もっとちゃんとしたものを食わせてやれって」


 む、と私は口をつぐむ。

 私がマーサたちと話している間、ドルジェとスレンがなにやら会話をしていると思っていたけれど、どうやらこちらの話を通訳していたらしい。

 村の窮状を知って、気にかけられてしまったのだろう。こちらの無礼に対して寛容でなんだかんだと懐が深いあたり、やはりあの族長の甥である。


 しかし、そうなると手元の籠に困ってしまう。

 だってつまり、これは私に与えられたものではないわけで――。


「お前にこいつを突き返す権利はない。諦めて、そいつは大人しくもらっておけ」

「…………ぐ」

「全部が全部、お前だけに向けられたものばかりじゃない。あんまり思い上がるなよ。――それで、たまには人の親切を噛み締めることだな」


 ぐぬ、と呻く私の内心を見透かしたように、スレンはなんとも癪に障る目つきで、無言の私の瞳を射抜いた。

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