23.取引の内容を確認しよう(5)

 うーん、塩、肉、粉……。

 う~~~~~~ん、チーズ、油、スパイス…………。

 う~~~~~~~~~~~~~~~~~~んんんん。


 うん。無理! 決まらないわ!!


 というかそもそも、そんな速攻で答えを出すようなもんでもないしね。

 とりあえずどんな選択肢があるのかは分かったんだし、ここからはじっくり考えるところ。あちらだって、今すぐ決めろとは思っていないだろう。


 だいたい取引の商品を並べられたからと言って、それを交換できるかどうかはこちらの仕事次第なのだ。

 マーサはやる気になってくれたみたいだけど、彼女一人では焼け石に水。他の女衆にも働いてもらわないと、とてもではないが村の助けにはならないだろう。


 ついでに、せっかく野営地に足を運んだのだから、私とヘレナも仕事をしなければもったいない。数少ない刺繍仕事をできる人間として、少しは手を動かしておくべきである。


 となると、やるべきことは決まっていた。

 すなわち、いくつかの刺繍布を引き取って、早々に馬車に撤退だ。

 これなら女衆の説得もできるし、作業もできる。作業風景を見せれば彼女たちもやる気になるかもしれないし、交換内容について彼女たちの意見を聞いてみるのもいいだろう。


 ということで、ドルジェに挨拶をしてテントを辞そうとしたときだ。


「待て」


 立ち上がりかけた私に、ドルジェがそう声をかける。

 いや、実際に「待て」と言ったかどうかはわからないけれど、まあ十中八九制止の言葉だろう。腰を浮かしたまま止まる私に、ドルジェはさらにいくつかの言葉を告げた。


「まだお前に話がある――だとさ。他に頼みたい仕事があるらしい」

「他に頼みたい仕事?」


 追って通訳するスレンの言葉に、私は腰を落として座り直す。

 他の仕事と言われても、しかしピンとくるものはない。スレンも事前に話を聞いていなかったようで、訳しながらも訝しそうな顔をする。


 対するドルジェは、あくまでも淡々としていた。

 こちらの反応など意にも介さず話し続ける。それを、やはりスレンは首を傾げつつも訳し――。


「長から特別に頼まれている。お前にはスレンの――――」


 そこで一度、言葉を止めた。


 顔に浮かぶのは苦い表情だ。驚いたような、戸惑ったような、なんだか居心地の悪そうな。

 怒っているのとは少し違う、なんともばつの悪そうな彼の反応に、私は眉をひそめた。

 いったいなにを言われたというのだろう。


「スレンの?」


 促すように問いかければ、スレンは心底嫌そうな顔で、渋々というようにこう言った。


「…………俺の、服の刺繍を直してやってくれ。報酬弾む、だって」


 はあ。

 ………………なんで??


 なんで、という私の疑問を読んだように、ドルジェはまたしても重たい口を開いた。

 告げた言葉は、ほんの短い一言だ。単語の意味は、私にはわからない。


 わからないけれど――なんかこれ、聞き覚えがあるな?


「なんて?」


 とスレンに問えば、彼の顔が大きく歪む。

 やはり怒りとは違う、不服とも不満ともつかない表情にも、やっぱり見覚えがある。

 しかもつい最近。というか昨日。たしか、族長が同じことを言っていたはずだ。


 そのときもやはり、スレンは不機嫌になり――。


「…………絶対に言わねえ!」


 結局、答えてはくれなかったのだ。

 ううむ、そう言われるとますます気になるー!







 ので、聞いてみることにした。


「――ああ、それは『雛鳥』という意味ですね」


 連れててよかった自前の通訳。

 ちょうどいいタイミングでテントに入って来たアーサーに単語の意味を問えば、彼はなにも知らずにこやかに答えてくれた。


「ひいては、ひよこ……ひよっこ……文脈次第では、未熟者という意味でも使いますね。……ところでこれ、なんの話です? マーサさんに頼まれて追加の布を取りに来ただけなんですけど、なんで僕、彼に睨まれているんです??」


 どうやらテントの外では、先に馬車に戻ったマーサが女衆を説得してくれていたらしい。

 女衆はこわごわながらも仕事をしてみることにして、アーサーは彼女たちの仕事を取りにテントにまでやって来た。

 そんなところを、私に捕まってしまったというわけだ。


 しかしまあ、そんな気の毒なアーサーは置いておいて。

 鬼のような形相でアーサーを睨みつけるスレンもさて置いて。


 ひよこ。

 ひよっこ。


 ひ、ひ、ひ、ひよっこ~~~~~~~~~~~~~~??????

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