23.取引の内容を確認しよう(4)

 繕い物一着につき、基本報酬はだいたい食事一食分。

 特に傷みがひどい服の場合は少し上乗せ。丈の直しが入る場合は、また少し上乗せ。

 繕い物の出来が悪ければ報酬なし。もう直しようもないほど修繕に大失敗した場合は、他の繕い物の成果を帳消し。


 ――まあまあ、妥当なところかしらね。


 今の村では、一日の食事は朝晩二回。つまり、繕い物二着でその日の食事が賄えるというわけだ。


 一から新たに仕立てるでもなし。直しようのない服は事前にあちらが弾いているし、継ぎあて用の布も用意されている。私たちに頼むだけあって服の傷みはかなりのものだけど、丁寧に仕事をすれば直せないようなものでもない。

 繕い物の難度と手間からして、報酬はまあこんなところだろう。懸念点があるとすれば、慣れない服の形に少々手間取りそうなくらいだろうか。


 もっとも、だからといって賃上げ交渉をしようにも、無礼を働いている真っただ中の私たちに言えることはないけど。ただ働きも同然の内容だったらさすがに帰るけど、妥当な値段ならむしろ感謝。こんなに失礼な村に対して、先住民たちはまったく驚くほどに寛容である。


 そんな失礼な村の一人。マーサはここまでの話を聞くと、「貸しな!」と繕い物をいくつかひったくってさっさとテントを出て行ってしまった。

 おかげさまで、ドルジェの顔はますます険しくなっていく。


「……刺繍の修繕の場合は、もう少し報酬を上乗せする。難しいのはこちらも理解しているからだ――だとさ」


 なってはいくけれど、どうやら話はまだ途中らしい。

 こめかみを引きつらせるドルジェを横目に、スレンが苦々しそうな顔で言った。


「そのぶん、出来も厳しく確認する。刺繍は俺たちの部族の証だ。模様には意味がある。特に、飾りに使うような部分はな。――刺繍の報酬は繕い物の三倍から五倍くらいで考えている。細かいところは、刺繍の範囲と難易度に応じて判断する」


 なるほどね。三倍から五倍となると、刺繍一つでその日の食事を賄っておつりが出る。

 割が良いのはこちらだけど、失敗したときのリスクも大きいと。


「それから、報酬の内容についても少し補足がある。さっき、基本報酬は一食分だと言ったが、これはあくまでも基本の話だ。食糧の中でも、貴重なものもあれば余裕のあるものもある。ものによっては、多めに渡してもいいとドルジェは言っている」

「余裕のあるもの?」


 私が問えば、ドルジェが頷く。

 答える言葉は迷いない。低く、短く、自信に満ちた口調で、彼はスレンの通訳越しにこう言った。


「魔物肉だ。――未処理の肉であれば、色を付けて渡してやるってさ」


 〇


 野営地にあるものの管理はドルジェに一任されている。

 彼らが保持する食糧は、夏芋の粉に塩、スパイス、油に少量のヤギミルクとヤギのチーズ。

 それから、野営地で狩猟する魔物肉だ。


 不足した食糧は集落まで取りに戻る必要があるが、魔物肉だけは話が別。現地調達できるうえ、今は魔物の数が多い。危険がないとは言わないものの、魔物の狩猟に慣れている先住民であれば、幼体の狩猟も難しくはない。


 つまり、彼らにとってはいくらでも手に入れられるものなのだ。

 毒抜きの処理をしないのならば、手間もさほどかからない。彼らからしても、貴重な食糧を手元に残し、ダブつきやすい商品で取引をするのにもメリットがあるわけだ。


 交換レートとしては、魔物肉が一番下。加工品であり、先住民にとっても貴重な栄養源であるヤギチーズが一番上。生鮮食品であるヤギミルクは交換に不適として対象外。

 あとは、食糧と調味料を一緒くたに並べるのは難しいけれど、だいたいどんぐりと言ったところ。


 ざっくりまとめると、繕い物一着で交換する場合、夏芋の粉なら一食分、魔物肉なら二食分、ヤギチーズなら一食に満たないくらい。

 塩、スパイス、油の中では、スパイスが他よりやや高め。調味料は使い方次第なので判断が難しいけれど、だいたい三十から四十着ほど繕い物をすれば、薄味でどうにかひと冬は乗り越えられそうだ。


 ただし留意点は、魔物肉は未加工の生肉という点だ。

 毒抜きの処理に首狩り草が必要になるのと、長期保存に向いていない点は要注意。量に釣られて魔物肉を選んでも、冬を迎える前に腐らせてしまう可能性もある。

 これを回避するには加工して保存食に変えなければならない。保存食にするということは、塩が大量に必要になるということで、そうなると三、四十着分の交換では到底間に合わなくなってしまう。


 つまり、保存を考えるなら芋の粉。

 直近で腹を満たすなら魔物肉。

 栄養価ではヤギチーズ。

 保存食を作るには塩が必要で、食事への満足度を高めるには調味料の類。


 取引ができるのは、今から初雪が降るまでの十数日間。

 一日当たりの作業量は――今の時間から日暮れ前までとなると、どんなに手の早い人間でも五着が限度というところ。


 さて、優先すべきはどこからだろうか。

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