22.【実績解除】独り立ち -チュートリアルをすべて終わらせる(1)

 タイムリミットは初雪まで。残された時間は、早ければあと十数日。遅くとも一か月以内。

 ゆっくり悩んでいられるほどの猶予はない。早々に進退を定めなければならないこの状況。新米領主として、さていったいどう決断するべきか。


 その答えはこれである。





 必殺!! 持ち帰り、検討させていただきます!!!!!






 というわけで、取引のタイムリミットの前に本日のタイムリミットが来てしまった。

 今日は日帰りの予定で、野営の用意はしていない。先住民たちのテントに泊めてもらうにしても、こちらの人数がちょっとばかし多すぎだ。

 なので取引の話は一度置いておいて、私たちは大急ぎで村への帰り支度をしなければならなくなってしまったのである。


 ――くうううう……! まだまだ取り決めることが山のようにあったのに!


 などと恨みがましく思っても、日の入りは待ってはくれない。

 というかもう、すっかり日は沈み切っている。


 季節はまだ九月。日の入り自体はそこまで遅くなっていない。

 けれど、夕日が沈みかけの状況で料理、からの取引の話をしていれば、そりゃあいつの間にか日も沈む。太陽はすっかり山間に消え、空にはもう赤色すら見えない。ただほんのりとした陽光の名残だけが、周囲を真っ暗闇の一歩手前に留めてくれているだけだ。


 この、ほんのり明るさの残る宵のうちに、私たちは村までの難所を越えておかなければならなかった。


 大草原とはいえ、川もあれば丘陵もある。ところどころに瘴気満ちる沼地があって、地下水脈に近いらしく、地面の脆い場所もある。

 真っ暗になっては、それらすべてが闇の中だ。村のために一日でも時間は惜しくも、帰還のためには一分一秒も惜しい状況なのである。


 そんなこんなで、てんやわんやで支度を終えると、私たちは礼もそこそこに馬車へと乗り込んだ。

 最後に御者が乗り込んで、御者台で出発の準備をしているときだ。


「――そうだ。これ、返すわ」


 幌馬車の後部に乗っていた私は、馬車を見送ろうとしていた男を見つけると、ふと思い出したように袖に手を入れた。

 そのまま引っ張り出して、男に向けて放り投げるのは、薄暗闇の中で淡く輝く小さな石だ。

 ほんの小指の先ほどの、焚火のように赤くきらめく小さな石。


 先住民からもらった小粒の魔石を、男は訝しそうに空中で掴み取った。


「……なんだ? くれてやるって言ったはずだろう。――また例の、つまらない考え方か?」


 例の考え方というのは、テントで話した私の信条だ。


 身に覚えのないサービスを受けるつもりはない。親切を受けるのは、後が怖い。

 交わすのは、収支の釣り合った対等なやり取りだけ。恩も情も、計算できる範囲でしか与えないし受け取らない。


 つまらなくとも、わかりやすくて生きやすい。

 この考え方は、たしかに私の根幹であるけれど。


「違うわよ。それとはまた別」


 男の言葉を、私はすぐに否定する。

 それから少しだけ目を細め、逆に彼へと問い返した。


「あなた、名前は?」


 思いがけないことを聞かれたように、男は一度瞬いた。

 眉間に皴を寄せ、意味を考えるように唇を結び、だけどやっぱりわからない様子で息を吐く。


「――――スレン。それがどうした」

「そう、スレン。いいことを教えてあげるわ」


 わけがわからなそうな男――スレンへ向け、私はにやりと口角を持ち上げてみせた。


「私の国では、魔石はプロポーズのときに贈るものなのよ」

「………………は?」

「悪いけど、そんな小さな石は受け取れないわ。――――このアレクシス様に求婚するなら、もっと大きな石を持ってこないとね」


 スレンが一瞬、呆気にとられたような顔をする。

 は、の口の形のまま、ぽかんと私を見上げて動かない。


 その姿を流し見て、私はふふんと鼻を鳴らした。

 なにを隠そう、ここまでの話は大嘘である。


 具体的にどこから嘘かと言えば、『つまらない考え方か?』に対して否定したところからだ。


 もちろん、ばっちりつまらない考え方に従って、私は魔石を突き返した。

 あちらにとっては無価値な魔石も、こちらにとっては価値がある。なにかしらの交換条件でもない限り、無償でもらうのはどうにもこうにも目覚めが悪い。

 とはいえ、普通に返しても受け取ってもらえるとは思えない。どうせもらっておけとか、いらねえとか言われて突き返されてしまうのだ。


 そこから返す返さないのやり取りに発展するのは面倒くさい。

 どこかに穴でも掘って捨てればいいのだろうけれど、そんなもったいないこと私の手でできるはずがない。

 なのでここはパキッと罪のない嘘で、返せないようにしてやるのが手っ取り早いのである。


 ――まあ、プロポーズに使われるのも、嘘というわけではないしね。


 ただ別に、そうでなくても普通に魔石を贈ることはあるという話。

 だいたい、魔石自体はスレンが寄越したものではなく、解体していた先住民がくれたのだ。

 スレンは通訳しただけで、プロポーズもなにもあったものではない。それでどうしてスレンに返したのかと言えば、言葉が通じるのが彼であったというだけだ。


 他の誰かに返そうとしても、どのみちスレンを通すことになる。

 それなら、直接彼に渡したほうが早い、というのが一つ。

 もう一つは――――。


「――――――はあ!!!!!????!?!?!?!?」


 こういう言い方をすれば、彼なら絶対こういう反応をすると思ったからだ。


 スレンはぎょっとしたように私を見て、石を見て、もう一度私を見る。

 信じられないように目を見開き、言葉を失ったようにぱくぱくと口を開き、顔をしかめ、歪め、なにか言おうとするけれど――。


 その前に、準備を終えた馬車が動き出す。

 馬の嘶き声とともに、車輪が地面の上を回り出す。

 薄暗い草原に向けて走り始めた馬車の後方。ガタゴトと揺れる馬車の音に交じって、置き去りにされたスレンの絶叫が響き渡った。


「はああああああああああ!? 誰がお前なんかに求婚なんてするか!! ふざけるな!!!!!」


 ううむ、実にテンプレート。

 ツンデレヒロインの素質がある。

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