21.【アンロック】交易(2)

 私の答えに、男はいかにも不快そうに眉根を寄せた。

 なんというか、失礼ながら意外にも勘がいい。あれだけで私の言いたいことを察したらしい。

 おかげで男の態度は急転直下だ。もともと好意的とは言い難かったけれど、今は好意どころの話ではない。ひたすら冷ややかに、不愉快さもあらわに私を睨みつけている。


「お前なあ……。俺たちがそんなことをするとでも?」

「私自身は思ってないわよ」


 その視線に、私は肩をすくめてみせた。

 本音を言えば、まったく思っていないとは言えない。そこまで断言できるほど、私は彼らのことを知らないのだ。

 だけど問題は、実際の彼らがどうこうではなく、それ以前のところにあった。


「客観的に見たらやっぱり問題があるって話よ、女性を男性だけの集落に泊めるというのは」


 しかも村の女性は、そのほとんどが妙齢、適齢期。こう言ってはなんだけど、いつ何時、間違いが起きてもおかしくはない顔ぶれなのである。

 そしてなんと言っても問題なのは、もしもこの話を村に持ち掛けたとして、まず間違いなく誰もが『間違いが起きるだろう』と思うだろうということだ。


 先住民の実情なんて、はっきり言って村の人間には関係ない。彼らが紳士的であろうがなかろうが、村にとっての彼らは野蛮人。文明未開の野生動物なのである。


 そんな先住民たちの集落に、村の女性を派遣する。針仕事と銘打って、数日間滞在させる。

 これが彼らの目にどう映るか?

 そんなもの、考えるまでもない。


 彼らのほとんど全員が、私が『村の女を先住民に売った』と見るだろう。


 いやー、さすがにこれはちょっと厳しい。

 いくら村の存続のためとはいえ、越えてはならない一線というものはある。たとえ冬を前に全滅がかかっているとしても、それとこれとは話が別だ。

 そのうえ自分の意志で決めるならともかく、領主命令による強制だ。倫理観的に越えてはならない一線を三つ四つくらい飛び越えている。


 こんなの、下手したら自殺者だって出かねない。野蛮人相手に身売りをしろと言われるなんて、人によっては死ぬより辛いことではなかろうか。

 いや、もちろん野蛮人相手でもないし、身売りをしろとも言っていない。完全な誤解ではある。

 誤解ではあるんだけど、しかし誤解かどうかは集落にまで行かないとわからないわけで。一方の村の女衆からしたら、集落に行った時点でおしまいなわけで。

 つまり自害があるとしたら、村を出る前に決行されてしまうということだ。


 そんなこんなで、万が一にも自殺者が出たらゲームオーバー。私も同じ目に遭わされることになる。

 同じ目ってどんな目だ? もしかして成人指定されるんじゃ?


 とまあ、こんな感じでリスクが高すぎるのだ。取引自体は魅力的でも、ちょっと選択肢としては選べない。

 この辺りの人間感情の機微は、ゲームにはない現実ならではの部分。面倒だけど、現実としては考えないといけないから厄介である。


「…………」


 そして厄介なのは、これは言われた方も不愉快であるということだ。

 怒りを湛える男を前に、私はううむと顔をしかめた。


 いやね、言われて嫌な気がするのはよくわかるよ。その気のない男性側からしたら、ずいぶんと失礼な話だとも思う。

 でも、こればっかりは誤魔化しようもない。先住民の偏見を抜きにしたって、やっぱり男性だらけの場所に女性を派遣するのは外聞が悪いもの。村を守る領主としては、許容できる提案とは言い難いのだ。

 なのでまあ、今回はご縁がなかったということで。


「………………長は、お前の考えはもっともだと言っている」


 と思っていたら、意外にも話の続きがきた。


 男が族長に向けて通訳していた様子もないのに、どうやら私の態度から察したらしい。

 族長は不機嫌そうな男を手で制し、一歩前へと歩み出てなにやら囁く。


 それを男は、相も変わらず顔をしかめて通訳する。


「たしかに、集落までの道のりは遠い。しばらくは、中継点であるこの場所に滞在する。これならば、互いに移動の時間を減らせるはずだ」


「えっ、いいの!?」


 たしかに、この場所なら日帰りができる。早朝に村を出て、数時間ほど作業しても日暮れ前に帰って来られる距離だ。

 それに、こちらは集落よりも滞在する先住民が少ない。送り迎えに馬車を出す御者と、護衛の一人でも傍に付ければ十分に安心できる人数だ。


 これなら、村の女衆を説得することもできるだろう。

 だろうけど、そんなあっさり?


「もとよりこちらから提案したことだ。そのくらいは譲歩する――だとさ」


 驚く私に、男はどこまでも不機嫌そうな顔で答える。

 一方で、族長の方は表情が変わらない。私の言葉なんてわからないだろうに、反応から意味を読み取って「うむ」という感じに頷いている。


「狩りのために野営を張るのは、俺たちにとっては珍しくもない。数日の滞在程度なら不利益になることもないだろう」


 ふーむ、そういうものかね。もしかして気を遣われている?

 まあでも、あちらから提案したこと、というのは事実だ。提案者側が融通を利かせるのは不自然なことではない。

 譲歩されたとはいえ、これは施しではなく取引の話。彼らにとって私たちとの取引に利があるというのなら、ありがたく乗らせてもらう。


 ただし、ここで気になる言葉が一つ。

 族長は今、『数日の滞在』と私に告げた。

 当たり前だけど、彼らもいつまでも野営を張り続けてはくれない。取引をするためには、時間制限があるということだ。


 そのタイムリミットを、族長は静かな声で宣言する。


「初雪が降るまでは、この場所に居を構えよう。それまでに、良い取引ができることを期待する。――新たなノートリオの領主よ」

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