15.先住民の話を聞いてみよう(2)

 そんなこんなで、ちくちくちくちくちーくちく。

 

 正直に言って、刺繍はかなり得意な方だ。先住民たちの刺繍は見事なものだけど、私だって負けているつもりはない。

 なにせこっちは迫害され系腹違い王女。刺繡の一つもできないと、異母姉たちにどんな嫌味を言われるかわからない立場だったのだ。


『あらアレクシス、あなたの刺繍はずいぶんと可愛らしいのね。羨ましいわ。わたくし、あなたと同じ年のころにはすでに、可愛い刺繍なんてできなくなっていたもの』


 とかなんとか言われたのも今は昔。十以上も年上のくせに、よくもまあ年齢一桁の異母妹に恥ずかしげもなく言えたものだ。

 でもまあ、言われてしまったからには仕方ない。実際、当時の私は針を持ちたて。刺繍も習いたての身。可愛らしい刺繍だったのは事実なので、素直な良い子は猛省し、きっちり練習して差し上げた。

 そうしたら、なんか異母姉の刺繍の方が可愛らしくなってしまった。困った困った。


『お異母姉ねえ様の刺繍、なんて可愛らしいのでしょう。私と同じ年のころには可愛い刺繍ができなかった、と前におっしゃっていたけれど、私もお異母姉ねえ様くらい大人になれば、そんなに可愛く針を刺せるようになるのかしら』


 困ってそう言ったら、それ以降彼女には蛇蝎のように嫌われてしまった。褒めて差し上げたのになんでだろうなあ……。

 謎は永遠に謎のままだけど、とにかくこの技能が役に立つ日が来るとは人生わからないものである。




 ――まあ、実際に役に立っているかどうかは怪しいところではあるけれども。


「………………いったい、なにを企んでいる」


 族長の帯を私が縫い、ヘレナがまた別の刺繍をし、ついでに幌の修繕に長けた御者がテントの補修にかかっている現在。

 男は私の手元を見張りながら、不信感もあらわにこう言った。


「らしくもないことを。まさか、この程度で恩を返したとでも言うつもりか?」

「まさか! そこまで阿漕あこぎな返済はしないわよ!」


 その言葉を、私は手を止めないまま否定する。

 即答も即答だ。なにしろこれは、あくまでサービスに対する支払いなのである。


「だいたい、こんなのまでいちいち『恩』で計算していたら頭が追い付かないわ。単に計算外のサービスをもらいたくないってだけ。それこそ、どんな阿漕な利息を付けられるかわからないもの」


 情けは人の為ならず、とは言うものの、それを求めて情けをかけられたくはない。

 恩とはあくまで、自分の意思で買い取るもの。押し売りされるのはごめんだし、勝手に見返りを求められようものならやっていられない。それで要求を無視すれば、悪役にされるのはこっちなのだ。


「不意の親切ほど怖いことはないわ。それを受け取るのに慣れることにもね。あとあと、とんでもない返済額を要求されることがあるんだから」

「………………」


 そこまで言い終えた私に対し、男の反応はなかった。

 なにか言われるかと思ったけれど、しばらく待っても無言のまま。

 どうしたのかと刺繍から視線を上げて目を向ければ、彼はなんとも――なんとも言い難い顔をしていた。

 驚いたような、不機嫌そうな、不愉快そうな。嫌悪と戸惑いを混ぜ込んだような表情で、私と視線を合わせてぽつりとつぶやく。


「……つまらない考え方だな」

「つまらないけど、わかりやすいわよ。人間関係もすっきりして、数字で計算しやすいし」


 入り組んだ愛憎関係をどうこうするのは、私としては少々苦手なゲームジャンル。こっちが望まなくてもイベントが発生し、勝手に絡んできて勝手に好感度を上げ下げしていき、うっかり別の人と挨拶をするだけでも爆弾を抱えられてしまうと、ちょっと待ってと言いたくなってしまうのだ。

 それでもキャラに愛着さえあれば、この苦手も呑み込める。愛のためならダサすぎる私服も心から褒められる。

 とはいえ当然、王宮の人間たちに愛着なんぞあるはずもなし。こうなると複雑なパラメーターを考慮するのも面倒くさい。好悪感情もろもろ含めて単純化して、シンプルな数字だけで見たほうがやりやすかった。


 しかし彼の方は、そうは思っていないらしい。


「虚しい関係だな、それは。……セントルムの人間は、みんなこんな考え方なのか?」


 彼は陰りのある表情で、やはり小さなつぶやきを漏らす。

 ああ、なるほど、と私はその表情に納得した。

 嫌悪と戸惑いを混ぜ込んだ、なんとも言い難いこの顔は――たぶん、私に向けた憐れみだ。

 かわいそうなやつ、と思われているのである。


 ま、別に気にはしないけど。

 両親には無視されて、異母兄姉からは毛嫌いされて、王宮中で腫れ物に触るように扱われて。実際、哀れな境遇だったと自分でも思うしね。


「……そんなわけないでしょう」


 なんて軽く聞き流していたら、別のところから反論が出た。

 驚いて目を向ければ、見えるのはヘレナの横顔だ。

 彼女は刺繍の手を止めて、顔を上げて男に向き直る。


「こんな考え方、普通なわけないでしょう。それも、まだ七歳の子供が……!」


 彼女の顔には怒りが浮かぶ。いつもの彼女らしくもない、震えるような冷たい怒り。

 その顔で、彼女は蛮族と恐れていた相手を睨み、針を持つ手をきつく握りしめた。


「殿下がいったい、どれだけ苦労をされたと思っているんです。国王陛下の正当なご息女でありながら、いったいどれだけ辛い思いをされてきたと! 本当は、本当なら殿下こそが――」

「ヘレナ!」


 しかしまあ、やめやめ。やめ!

 テントの空気もギスギスするし、そもそも族長の目の前だ。よその首長の前で争いなんてマナー違反もいいところ。人目を気にしない私でも、さすがに王女として恥ずかしい。

 そのせいで、せっかく話をしてくれると言ってくれた族長も黙り込んでしまった。これで話を聞き逃したら泣くに泣けない。刺繍だってやり損である。


 なので、この話はやめ! はいおしまい!!


「黙りなさい、ヘレナ。そんな話をしても、面白くもない。――話の腰を折って悪かったわね。続きを聞かせてもらえるかしら?」


 私が言えば、ヘレナと男が口をつぐむ。

 二人は互いに睨み合いながら、なんとも言えない少しの間。


 のち、先にため息をついたのは男の方だ。

 彼は「はっ」と鼻息を吐くと、なんとも――なんとも負けず嫌いな顔で、私を見下ろし口を曲げた。


「…………まあ、お前よりも俺の方がずっと苦労しているけどな!」


 いやそこ張り合うんかい。子供か!

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