16.魔物狩猟チュートリアル(1)

 この小学生は置いておいて、いいから話の続きである。

 とにもかくにも仕切り直し、族長が語り出したのは、今ごろ草原で行われているだろう魔物狩りの話だった。


「魔物狩りで狙うのは、基本的には幼体だ。他に獲物がなければ成体も狩るが、祭礼や武勇のためでもなければ望んで狩る者はいない」


 テント内に、族長の低く落ち着いた声と、それよりも少し高い、男の通訳の声が満ちる。

 私は針を刺す手を止めないまま、耳だけを彼らの声に傾けていた。


「成体は狩るのが難しく、食べるにも適さない。俺たちが狩りで最初に覚えるのは、成体と幼体の見分け方だ。魔物は普通の獣に比べて体の成長が極端に早い。一見して幼体であることを見抜くのは、慣れないうちは難しい」


 ふむ?

 思えば確かに、魔物の幼獣って聞いたことないな。討伐される魔物はみんな巨体だというし、子連れの魔物が出たなんて噂もない。

 でも魔物も生き物。当然のように繁殖するし、生まれてすぐに大人というわけもない。どこかしらに、赤ん坊の時代があるはずだ。


「魔物が乳飲み子でいる期間は一瞬だ。すぐに体が大きくなり、成体と同じように草原を歩くようになる。幼体のうちは親と群れている場合もあるが、見かけだけでは区別はつかないだろうな」


 だが――と言って男は少し口を曲げる。

 私に向けるのは、どことなく皮肉な表情だ。


「だが、幼体の大きさは見せかけだけだ。図体はデカくとも、成体のように生きることに慣れていない。――魔物を見かけたら、矢を射掛けてみるといい。反応が鈍ければ幼体ということだ」


 なるほどね。

 すぐに体が大きくなるのは、魔物なりの生存戦略なのだろうか。

 魔物が巨大化するのは瘴気吸収器官の維持のためだ――なんて説もあるし、とにかく体を膨らませないと生きていけない生態なのかもしれない。

 でも、中身はあくまでも年齢相応と。

 子供が狙い目となるのは、普通の獣も、人間ですら変わりない。見分けさえついてしまえば、狩りの格好の獲物になるというわけだ。


「ただし、射掛けるときは周囲の魔物にも注意しろ。親が傍にいるかもしれないし、他に幼体を狙っている魔物がいるかもしれない。幼体は他の魔物にも狙われやすいからな。腹も瘴気も満たせる魔物の幼体は、魔物にとっても良い獲物だ」


 うーん、厳しい生態系。

 魔物って天敵がいないような気がしていたけど、同じ魔物が天敵同士だったのね。

 幼体は狙われやすいと言うだけで、これなら成体同士の捕食争いもあるのかもしれない。


「獲物とする幼体を見つけたら、基本は二手に分かれて狩りをする。片方は魔法を誘発する役、もう片方は魔物を仕留める役だ」


 お、と私は思わず顔を上げた。

 二手に分かれる、というのは聞いたことがある。たしか、騎士団の行う魔物討伐も同じやり方だったはずだ。

 誘発役は長槍を持ち、ある程度至近距離から魔物を刺激し魔法を促す。魔法発動の気配が出たら、離れた場所にいたもう一方が魔物の気を引き、誘発役から引き離す。

 これで、距離を取った状態で魔法を発動させるのだ。

 魔物は魔法を連発できない。こうして魔法の危険がなくなった状態で、騎士たちは一斉に魔物を仕留めにかかるという。


 だが――。


「誘発役は、魔法の発動を促し、自分に役だ」


 男は弓を持つように、ゆっくりと手を持ち上げる。

 矢羽根を掴む手。番える動き。吹き抜ける隙間風に髪を揺らしながら、男は目を閉じ、息を吸う。


 さわりと聞こえる草の音。鳥の声。獣の息遣いに、まるで耳を澄ませるように。


「魔物を誘き寄せる。最もいい場所で足を止めさせる。魔物の前に姿を晒し、狙うべきは自分であるとわからせる」


 狙いを定め、弓を引く。もちろん、本当に弓は引いていない。

 だけどそれだけの気迫がある。草原の奥にいる魔物を見据え、弓を限界まで引き絞り――。


「魔物は、魔法のに無防備になる。物陰に隠れ、隙を窺う獣の戦い方をしなくなる。――魔法を確実に当てるために、発動範囲内まで自ら近づいてくる」


 ひと呼吸。

 男は目を開くと、見えない魔物へと向けて矢を放つ。


 一閃。光のように駆ける矢じりが、見えない魔物を貫いた――。


「ここまでが、誘発役の仕事だ」


 と、そこで張り詰めていた緊張感が解けた。

 男は「ふう」と息を吐くと、動作を止めて私たちへと視線を向ける。


「仕留め役は、誘発役が足止めをさせた場所に待ち構えている。魔法を発動する直前の魔物は無防備で、逃げることがない。特に幼体であれば、魔法の発動に時間がかかるから隙も大きい。これを仕留めて、狩りは終わりだ」

「…………」


 その視線に、私は少しの間反応ができなかった。

 話が途切れても声もなく、動作を返すこともなく、しばし呆けたように彼を見上げて瞬きを一つ。さらには息も一つ吸い――それから。


「す――――」


 それから、私は反射的に声を出していた。

 先ほどのギスギスも忘れ、内心で小学生扱いしたことも忘れ、口をついて言葉が出る。


「――――すっっっっごい!!!!」


 すごいすごいすごい! 精神年齢小学生のくせにやるじゃん!

 思わず魅入っちゃったよ!!

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