15.先住民の話を聞いてみよう(1)
なに? なになにのなに?
なにこの状況???
テントに招かれて、台座に腰かける族長と向き合って、話を聞かせてもらうどころかお茶まで出してもらってるんだけど?
なんでこんなことに? と思う私は現在、ヘレナや護衛たちを引き連れてテント内にお邪魔していた。
テントは外から見た通り、やはり集落にあったものよりもかなり小さい。私にヘレナ、護衛と御者、それに族長と通訳いらずの彼の六人も入っては、少々窮屈に感じるくらいだ。
集落のテントと違って火を焚くための場所もなく、外界と遮るのは厚手の布一枚きり。その布もほつれて穴が開いていて、時折冷たい風が吹き込んできた。
そんな私の手元には、あたたかいお茶。しかもミルク入り。おまけに私だけではなく、全員分が用意されている。
御者は不安そうに茶を見つめ、護衛は警戒して手を出さず、ヘレナは疑惑を隠さず私の分を毒見しようとするという、無礼千万なご一行に対するこの扱いは、なに?
――いやだって、都合が良すぎるでしょう。私たちに親切にする理由ある??
話を聞きたいのはやまやまだけど、こうも都合が良いと不安になる。
サービスってどういうことだろう。これまでの人生、こういう不意の親切があるときは、いつも裏になにかしらの思惑があったものだ。
もしや毒殺か? とヘレナをあしらいつつお茶に口を付けてみるも、別におかしな味はしない。一風変わった、異国風の味付けというだけだ。煮詰めたミルクの味が濃く、むしろ村に来てから一番おいしさを感じさえする。
少なくとも、私たちに殺意を持っているわけではないらしい。となると……ううむ? なにが目的だろう?
「――俺たちも、普段はあまり魔物は狩らない。基本的には普通の獣か、飼っているヤギを潰して肉にする」
ううむ、と唸っている間に族長がゆっくりと語り出し、男が不服そうなままそれを訳す。
つまりこのミルク、ヤギミルクだろうか。王国で普及しているのは牛乳が主だから、めったに飲んだことないや。
ちょっと癖があるけど、ふつうにおいしい。野生のヤギがいるなら捕まえて村で飼いたいくらいだ。もしくは、いずれ村に蓄えができたときに、彼らと物々交換でもして手に入れられないだろうか。
と頭の片隅では思えども。
「魔物を狩るのは祭祀のときや、成人を祝うとき、誕生や喪失の日、誰かを称える日。要は、儀式のための場合が多い。あるいは遠征中で他に食糧がないときや、今年みたいに瘴気が濃くて他の獣が逃げたときくらいか」
「ま、待って。待って待って!」
それはそれとして、私は慌てて族長の話、を通訳する彼を遮った。
話自体はめちゃくちゃに気になるけど、このまま聞き続けるわけにはいかない。これではサービスを享受することになってしまう。
それのなにが悪いかと言うと、なにもかもが悪い。
だってこんなサービス、受けるいわれがまるでないのだ。つまりこれは、あとあと高額なサービス料を請求される流れ。気付いたらオプション機能が山ほど上乗せされているセールスみたいなもの。初月無料、のち勝手に有料プランに切り替わっているやつに決まっている。
ただより高いものはないということを、私は七年の人生経験で重々身に染みて知っていた。
「……なんだ。聞く気がないのか?」
「ないわけじゃないわ。そうじゃなくて……」
眉根を寄せる男と口をつぐむ族長を横目に、私はそう言いながらも隣を見る。
隣にいるのは、まだお茶に口を付けられないヘレナだ。不審さもあらわにお茶を眺める彼女を、失礼だと咎めるのは後回し。それよりも、今は彼女に頼むことがあった。
「ヘレナ、馬車から針と糸を取ってきてちょうだい。持ってきているでしょう?」
外出中に事故はつきもの。どこかに引っかけて裾が破れたり、転んで袖がほつれたり、うっかりボタンが飛んで行ったり。
そんなときに備えて、侍女たる彼女はいつも針と糸を携帯していた。それに馬車なら、幌の補修のための布地もいくらかあるだろう。
御者とともに取ってくるようにと命じれば、彼女は首を傾げながらもテントを出て行った。
それを見送りながら、男が訝しそうに私を睨んだ。
「なんだ? なにをするつもりだ?」
警戒するような声音を気にせず、私は男の姿を改める。
正確には、男の着ている服を、だ。
濃い色のゆったりとした服。その服を留める腰の帯。
帯には全面に見事な刺繍がしてあるものの、手入れをされている様子はなく、ほつれて糸が飛び出してしまっている。
服の裾も劣化して擦り切れ、頭の布の刺繍も崩れかけ。
族長は丁寧に服を着ているのか、男に比べればまだマシではあるものの、やはり経年劣化は避けられない。糸がたわんでしまっては、せっかくの刺繍も台無しだ。
ふむ、と私は息を吐く。
彼らの服装は、前に集落に行ったときから気になっていたところ。狙い目はやはりここだろう。
「悪いけど、身に覚えのないサービスを受ける気はないの。話をしてくれるのなら、こちらもそれなりのものを返すわよ」
高額なサービス料を
あちらから請求する前に、先手を打ってこちらが金額を決めるべし。
つまりなにをするかと言えば――――。
「聞いている間、手を動かしてあげるわ。――族長ともあろう人が、そんなほつれた服を着ていたら台無しでしょう」
こちらで可能な範囲の労働力の提供。
刺繍の一つでもしてやろう、というのである。
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