13.遠征の報告を聞こう
野宿を挟んで、村へと戻ったのはその翌日だ。
王都から持ってきた貴重な保存食も食べ尽くし、これでもう村の外への遠征はできなくなった。
それでも今回の集落への遠征には、それだけの価値があったと思う。
思えば村に来てからは、ずっと怒涛の日々だった。
前領主の失踪と村人の説得。村を見回り、魔物に襲われ、一泊二日の先住民交渉の旅。
これらの慌ただしい下準備を経て、ようやく――――ようっっっやく!!
ようやく、村の状況改善へと踏み込める段階になったのだ!
いやあ、ここからが本当のゲームスタートだ――とか言っちゃったけど、そこからずいぶん長かった。
はったりにはったりを重ね、不慣れな交渉を繰り返し、魔物相手のアクションシーンもあり。散々別ゲームをやらされてきたけれど、今度こそ正真正銘のジャンル:開拓がはじまるのである。
ゆえに、今こそ言うべきだろう。
さあ、ここからが本当のゲームスタートだ――――。
「――――隣領の様子がおかしい?」
スタートしなかった。
翌早朝。
私は目を覚まして早々に、もう一つの遠征の報告を聞かされていた。
「こちらを警戒している様子があるの? ……本当に?」
「はい。距離があるため、はっきりと様子がうかがえたわけではないのですが……」
もう一つの遠征というのは、今や懐かしい壊れた橋の確認のことだ。
村について早々に送り出していた護衛が、ようやく戻ってきたのである。
戻ってきたのは昨日の夜遅く。
今日が村に到着してから六日目なので、だいたい五日くらいかかった計算だ。
もともと馬の足で二日ほどの距離。慣れない土地と橋周辺の探索を込々で考えれば、まあまあ想定通りの日数だろう。
で、彼の帰還時には良い子の私はヘレナに寝かしつけられた後だったので、報告は後回し。
今日は朝から予定があるので、その前にと起き抜けのこの時間に部屋を訪ねてきたのである。
報告によると、橋は実際に落とされていたらしい。
もともとあまり使用されることのない古い橋。私が渡るときも足元が危うかったくらいだし、壊すのは造作もなかっただろう。彼が言うには、一部の橋脚を除いて、完全に崩れ落ちていたそうだ。
ここまでは、予想通りと言えば予想通り。
これで村人たちの話が真実で、前領主に完全に非があることが確定した。
しかし、問題はこの先である。
「遠目から見た限りでは、隣領の警備隊のようでした。川の周囲を巡回していましたが、それが以前に見たときよりもずいぶん多くなっていたようで……」
以前、と言うのは私たちがノートリオ領に入る際のことだ。
ノートリオ領へとつながる橋が隣領にしかない以上、私たちはどうしてもそこを通ることになる。
仮にも王女が通過するなら、領主としても王女としても互いに無視はできない。面倒だけど何泊かして歓待を受けて、適当なところで切り上げてここへ渡ってきていた。
その際に、あちらの警備については多少なりとも目にしている。
特に護衛たちは、同じ守護の役目を持つ者同士。私よりも見えていたものは多いだろう。
その彼が、様子がおかしいと言っている。
気のせいだと聞き流すことは、さすがに少々ためらわれた。
となると、それが真実だとして――――。
「……前領主が、なにか余計なことを吹き込んだかもしれないわね」
あの男、口先だけは回るらしいのは、ノートリオ領の開拓を任されたあたりからも想像ができる。
隣領の領主は、よく言えばおっとりしていて人の好い、いかにも平和な田舎領地に似合いのタイプ。曲がりなりにも王都で魑魅魍魎とやり合ってきた前領主が相手となると、ちょっとばかり分が悪そうだ。
前領主が絡んでいるのなら、警備を増やした目的は――村人たちの逃走の阻止、だろうか。
村に残っていては破滅は確実。それなら、決死の覚悟で川を渡ろうという人間もいるかもしれない。
彼らが万が一にも生きて隣領に渡れば、前領主の嘘が明るみに出る。その前に隣領の領主を丸め込み、川を渡ろうとする人物を始末しよう――と考えている可能性はないだろうか?
…………これ、まずいんじゃなかろうか。
前領主がどう隣領の領主を丸め込んだか知らないけれど、そうなると隣領が完全に敵に回ったということになるのでは?
春になって隣領に渡れるようになっても、支援を求められなくなるのでは?
というか、橋が直らない限り隣領へは泳いで渡るしかないわけで。警備があちらにいるのに泳いで渡るって、狙ってくれと言っているようなものだろう。
そうなると、来年になってもここは完全に鎖国状態?
それともまさか、あちらから殲滅に乗り込んできたりする?
なんにしても、なんか不穏なフラグじゃない?
仮にも王女がいるというのに、私の扱いどうなってんの。
なーんか、春を迎えるのが怖くなってきたな……。
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