14.先住民の力を借りてみよう(1)

 不穏の種を残しつつ、しかし今は目の前の冬。

 護衛へねぎらいの言葉をかけたあとは、今度の今度こそ開拓のスタートだ。




 そういうわけで、やってきたるは村の外。

 ちょうど村と集落の中間地点にある細く小さな川べりで、私は馬車から飛び降りた。


 一面の草原とは言うものの、このあたりは川が少なくない。

 草原の起伏に沿って別れた細い川が、ところどころに泉や沼地を作りながら、隣領を隔てる大きな川へと流れ込んでいた。


 これらの川には、基本的には近づかない方がいいらしい。

 多くの場合は瘴気を含んでいるため、魔物が寄ってきやすいのだそうだ。


 しかし今日は、ここが族長との待ち合わせの場所である。

 草原には他に目立つ特徴もなし。川や沼地を目印に使うのは、先住民も同じらしい。

 背の高い草むらに降り立てば、すでに族長を含んだ先住民の姿がいくつか見えた。


「――ごきげんよう。約束通り来てくれて嬉しいわ。今日はよろしく頼むわね」


 私は彼らへ駆け寄ると、アーサーの通訳を挟みつつ挨拶をする。

 王女らしく丁寧にスカートの端をつまんだりもするけれど、残念ながら相手側はほぼ無反応。族長だけが「ああ」と思しき言葉を返すだけで、他はちらりと冷たく一瞥したきり、一言も発しない。

 川べりに満ちる空気もピリピリしていて、上天気のくせに清々しさのかけらもない。こうもあらわな態度を取られるとは、予想はしていたけれど、これは相当嫌われているらしい。


 まあでも、私は気にしないんですけどね。

 アーサーが胃の痛そうな顔をして、私の後から降りたヘレナが居心地悪そうに肩を縮めても、今日のために連れてきた村人たちが嫌そうに顔を見合わせていても、ぜーんぜん平気。いきなり襲ってきたり、闇討ちしたりしないでいてくれるなら優しいもんよ。


 しかも、こんなに嫌そうな顔でも約束を守ってくれるのだから、取引相手としてはかなり優良。

 強引に結んだ約束だし、すっぽかされる可能性も考えていたけれど、彼らは思った以上に律儀なようだ。めちゃめちゃ嫌がられそうだけど、こうなるとできれば長いお付き合いをしたくなる。


 ま、すっぽかされたら他の集落にタレコミに行くんですけどね。

 それで得られるものはないけど、死なばもろとも。打つ手を間違い破滅が確定したゲームで、やけくそに好き勝手をやるというのも、それはそれで楽しいのである。




 さて、それで肝心の約束の内容がなにかと言えば、今日一日、草原での生き方のレクチャーを受けることだ。


 私たちに差し出せるものがない以上、彼らも物を差し出すつもりはない。

『恩』という形のないものを持ちだすのであれば、同じく返すのは形のないものであるべきである――という彼らの主張を受け入れて、昨日の間に取り決めをしておいたのが、この内容。

 本日、彼らは集落から遠征して、村の付近に一晩のキャンプを張る。

 そこで彼らは狩りをして、採集をして、食事をして夜を明かす。そうして再び朝を迎えたら、集落へと帰っていくのだ。


 私たちにできるのは、それを見物し、いくらか質問をすることだけ。

 それ以上のことを彼らは与える気がなく、私たちが踏み込むことも許されない。

 これよりも多くのことを望むのであれば、彼らはもはや譲歩しない。戦争も承知の上で、私たちを拒むだろう――とのことだけど。


 ――…………いやこれ、めちゃめちゃありがたくない!?


 だけ、なんて言ってしまっては申し訳ない。

 即物的に食糧を分けてもらうよりも、これは大きな一歩のはずだ。

 これで食糧収集の手段が確立されれば、草原で生きていく強い力になる。


 なにより大きいのは、ここで獲得する食糧の内容だ。


 冬も間近に迫った今。多くの獣は、すでにこの地を離れている。

 村の狩りの獲物も、逃げ遅れた痩せっぽちの小動物ばかり。それも冬に向かうにつれ、どんどんと数を減らしていく。


 この状態で、彼らはどう狩りをするのか。

 狙う獲物については、事前の取り決めで聞いていた。


 彼らが狙うのは、この瘴気蔓延る不毛の地に君臨する大型獣。

 凶暴で凶悪、魔法を操る獣。

 すなわち――――。



 というところで、いったん深呼吸。

 高鳴る胸の鼓動を感じつつ、王女の威厳も保ちつつ、私はゲーマー精神にのっとって、草原に向けてこぶしを突き上げた。


 ――――すなわち!


「魔物! 狩り!! だ――――――――――!!!!!!!!!!!!!」


 やったー!!!!!

 楽しみー!!!!!

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