10.攻略が行き詰ったときは?(2)

 魔物の厄介なところは山ほどある。

 凶暴なところ。魔法を使うところ。単純に巨体ゆえの強さがあるところ。


 さらには凶暴さゆえに捕獲が難しく、生態がほとんど知られていないことが一つ。

 魔物が増えると、非捕食者である他の野生動物が逃げていなくなってしまうのが一つ。

 巨体のためか、一般の生物にはない器官を持つためか、魔物の多くが冬眠しないことが一つ。


 そして、なにより厄介で腹立たしいのが、どれほど苦心して魔物を討伐したとしても、その肉を食べられないことだ。


 魔物を討伐することに、食糧収集としての意味はない。

 騎士団が魔物を狩るのも、あるいは命知らずの狩人が魔物に挑むのも、目的は魔物討伐そのものだ。

 魔物から得られるのは、せいぜい毛皮がいいところ。あるいはごく稀に、瘴気吸収器官の中から魔石が出てくることもあるらしい。

 物珍しさにこの手の品を買い取る好事家は、たしかにいないこともない。魔物を倒した名誉として、魔石を家宝にする者もいなくはない。


 しかしこの状況で、そんなものを欲しがる人間がどこにいるというのだろう。


 魔物の肉が食べられないのは、その全身が瘴気に侵されているためだ。

 瘴気は人間にとっての毒。少量であれば具合が悪くなる程度だが、多量に摂取すれば時に死に至ることもある。

 魔物肉であれば、一口で腹を下すと言われている。もちろん私が実際に食べたわけではないが、平和を持て余した王都ではこの手の話は事欠かない。胆力比べに魔物肉を食べ、双方死した魔物討伐の騎士の話など、何年経っても半ば笑い話として伝わっていた。


 いくら食糧不足とはいえ、これではとても役立たない。飢え死にしそうだからと魔物肉を食べたところで、どうせ死因が変わるだけ。魔物とは、ことごとく厄介な存在なのである。


 そんな厄介な魔物が、厄介なことに十日に一度は襲ってくるのだという。

 しかも十日に一度と言ったって、魔物がきっちり日数を空けて襲撃してくれるわけがない。いつ来るかわからない魔物のために、こちらは警戒を怠らず、常に備えていなければならないだろう。

 それはつまり、護衛の常時待機が必須ということだ。

 魔物討伐においては、最低でも魔法の誘発役と引き離し役がいる。これで二人。

 さらに大型の魔物を想定すると、誘発役が一人では心許ない。先の狼でさえ、二対一で凌いでいたのだ。誘発役だけでも最低二人、できればもう一人は余裕が欲しい。複数の魔物が同時に襲撃することまで考えると、引き離し役も一人では足りないだろう。


 今回、余剰として考慮していた護衛は二人。厩の護衛も駆り出して三人。橋の確認にやった護衛が戻ってきても四人。

 これ以上の戦力はどうやっても捻り出さない。


 つまり、余剰が出るどころかマイナス。完全に足が出たというわけである。


「…………」


 冬の近さを感じる、冷たい夕暮れ。

 アーサーとともにひとしきり笑ったあと、私は「ふー」と一つ長い息を吐きだした。


 うん、これは無理。

 無理だわ!!!!!




 だってどう考えても計算を合わせられないもんね。

 食糧足りず、薪足りず、魔物は増加。それで人手の余剰なし。こんなのどうしようもない。頑張ればどうにかなるとかいうレベルの話じゃない。


 そりゃ可能性としては、突然に大型の獣が現われて、食糧不足が一気に解決するかもしれない。暖冬で薪がほとんど必要ないかもしれないし、魔物がまったく襲って来ないこともあるかもしれない。

 でも、そんなものは神の奇跡を期待するようなもの。諦めなければ誰もが必ず報われるなら、私のような管理職は必要ないのだ。


 私の役目は、理屈を重ねて現実的な着地点を見つけること。そのためには、運や不運を極力排除しなければならない。

 上振れを期待してもいいのは、リセマラを重ねられるときだけ。やり直しがきかないときにはなによりも、安定ルートとリカバリー案が重要になってくる。


 そういうわけで、致し方なし。

 本当はあまりやりたくなかったけれど、リカバリー案といこう。


 私は視線をちらりと上げると、アーサーの家へ来た『いろいろな目的』のうちの一つを口にした。


「アーサー、あなた通訳はできる?」

「はい? ……な、なんの通訳です?」


 突然話を振られて、アーサーが戸惑ったように問い返す。

 その困惑顔を見上げながら、私は口の端を持ち上げた。


「このあたりを流れる浮浪の民――先住民との通訳。交渉をしに行きたいのだけど、頼めるかしら」

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