11.村の外に出てみよう(1)

 現地住民。先住民。国に属さない浮浪の民。聖地を無断でさまよう無法者。

 土人。異教徒。蛮族。野生の人間。劣等種。文明を持たない野蛮人。


 通称『北の蛮族』と呼ばれる彼らは、我が国における侮蔑と嫌悪の対象だった。


 そもそも先住民という言葉さえ、大半の人は使いたがらない。

 なにせ彼らの住む聖地は、竜または神のもの。聖地を有する三国は、互いに思うところはあれど、どこも竜から直接賜った正当な保有者なのだ。

 それを無断で跋扈する異民族を、誰が快く思うものだろう。


 彼らは先住民ではなく、土地の不法占拠者である。

 本来の正当な保有者に対し、支払うべきものも払わず、許可も取らず、恭順も示さない。勝手にやってきて勝手に居座る厄介者。そのうえ定住地も持たず、常に移動しながら暮らしているという野蛮さだ。

 容姿は醜くずんぐりとして、口から出るのは耳障りな独自の言葉。着ている服は小汚く、重たげに飾り立てる姿は滑稽で、日に何度となく不気味で猟奇的な儀式を執り行う。


 その儀式のおぞましさは、まるで悪魔崇拝のようだ。

 だが、彼らは悪魔崇拝者とすら見なされない。

 なぜなら悪魔崇拝者は、神を知りながら悪魔を崇める異端の同族である。一方の彼らは、原始的で幼稚な信仰しか持たない、文明未開の野蛮人。我々とは顔立ちからして異なる、獣まがいの劣等種であるからだ――。


 というのが、世間一般に語られる彼らのイメージだ。

 同じ信仰を起源とはしているものの、今となっては彼らの『守護竜』と、我が国における神の使者としての『守護竜』は別物。竜への信心深い庶民であっても、彼らの崇める竜に対しては、迷信であると眉をひそめるのが一般的な感性だ。


 しかしてその実態は、だけどほとんど知られていなかった。


 彼らは少数民族で、聖地の外へ出ることは滅多にない。

 聖地の状況は他国の領域においても同様で、不毛の地として開拓の手が入れられずにいると聞く。

 聖地を訪れるのは一部の物好きな学者くらい。この学者たちが細々と研究を進める以外は、眉唾物の噂話を除いて、先住民の情報を得る手段がないのである。

 そのうえ、彼らはいくつもの部族に分かれ、聖地を常に移動するという。部族によって文化や習慣も異なるうえ、移動を続けるために継続的な情報収集も難しい。

 なんといっても、聖地は三つの国境をまたがっているのだ。国を持たない彼らにとっては連続した土地も、国に属する人間にとっては見えない境界線が存在する。彼らが隣国へ移動した時点で、まっとうな学者は引き下がるよりほかになくなるのである。


 だからこそ謎に包まれた民族であり、だからこそ想像ばかりが膨らんでいく。

 あるいは理知的な文明人であるかもしれないし、あるいは噂通りの野蛮な民族であるかもしれない。どちらであるかは、今の私には判断するだけの材料がない。


 ただし、一つだけ確実にわかることがある。

 それは、彼らが私たちよりもはるかに長く、この土地で暮らしてきたということだ。


「…………なるほど、『彼ら』ですか」


 アーサーは顎に手を当てると、少し考えるように目を伏せた。

 表情は、意外にも暗くない。意表を突かれたような、感心したような、納得をしたような。思いがけず前向きな顔で、彼は私に頷いてみせた。


「悪くない案だと思います。たしかに彼らなら、この地での過ごし方をよく知っています。協力を仰げれば、強い力になるでしょう」


 おっと、けっこうな好感触。

 蛮族に縋るなんてとんでもない、とでも反対されると思ったけれど、さすがは知識人と言うべきか。理解が早くて柔軟だ。助かる。


「通訳と呼べるほどではありませんが、僕も彼らの使う単語くらいなら理解できます。身振り手振りを交えれば、こちらの意志を伝えるくらいはできるでしょう。幸いにも、今は領内に集落を構えている部族がいるはずです。訪ねるとすれば、彼らになるでしょうね」


 それも助かる。隣国に行かれては、こちらとしては手が出せない。不法入国はもちろんのこと、三国の領地が山々で隔てられているのが一番の問題だ。

 山の初雪は、ふもとである村側よりさらに早い。聖山はもちろんのこと、すそ野の山々もそろそろ白く染まり出したころ。これを越えて行くのは、隣領の川を渡るよりも難しいだろう。


 だけど今は、どこにいるかわからない部族が領内にいるという。

 しかもアーサーの口ぶりからして、少なくともその部族は、交流を持てる程度には理性的らしい。簡単な単語のみとはいえ対話も望めそうだとなると、これは相当な幸運である。


 いや、本当に運が良い。運が良すぎて不安になる。

 まだ交渉本体が残っているのは置いておいて、こんなにすんなり話が進むことって今まであったっけ?

 なんか逆に怖くなってくるんだけど大丈夫? 罠だったりしない?


「――ただ、一つだけ問題がありまして……」


 罠だった。フラグ回収が早い。


 アーサーは不意に表情を陰らせると、申し訳なさそうに私を見た。

 続く言葉は、正直あまり聞きたくない。嫌な予感がする。


「…………以前その集落で、前領主のマーカス閣下が揉め事を起こしたことがあるんですよね……」


 ………………。

 ………………………………。


 アーサーと顔を見合わせて、ため息。

 あの男、本当にろくでもないことしかしてないな。

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