5.さあ、ここからが本当のスタートだ!

 いや嘘です後悔してますごめんなさい。ちょっと格好つけすぎました。

 失敗してもやり直せばいい個人配信ならともかく、枠の決まっている本番では無茶な攻めルートは控えるもの。あるいはいざというときのリカバリー案を用意しておくものだ。『配信』も『本番』もなんのことかはわからないけれど、とにかくそういうものなのだ。


 しかし場の高揚感には、人は誰しも抗いがたいもの。本番でも「いけるんじゃね?」って思ったら、いってしまいたくなるもの。

 だいたいあの発言だって、まったくの蛮勇で口にしたわけではない。これには筋の通った理屈があり、必要に駆られて出た言葉であり――。


「で、ん、か~~~~~~~」


「はい」


「はいじゃないです!!」


 村人たちとの話し合いを終え、再び戻って来た領主の屋敷。

 その応接室のソファの上で、私は体を縮こませていた。


 目の前には怒れるヘレナ。口を挟んだものかと迷う護衛二人。

 残り二人は、御者と一緒にやっぱり厩の見張り番だ。村の状態が安定するまでは、しばらくは警戒しておかないと怖いからね。


 まあ、今一番怖いのは目の前の人なんですけどね。わははは。


「笑い事じゃありません!」


 はい。


「本当に、なんであんなことを言ってしまったんですか! 全員を生かして冬を越えさせる? それができなかったら、同じ目に遭う!? しかも殿下、『私たち』っておっしゃいましたよね!?」


 言っちゃった。

 言っちゃったなあ……。


 なんであんなことを言ったんだろうね。いや理由はちゃんとあるんだけど、もうちょっと慎重になるべきだったと言うべきか……。


「竜のことも、前世のことも、適当なことをおっしゃいましたよね!? なにが『ここではない地を治めてきた記憶』ですか!」

「い、いえ、でも実際に記憶はあるわけで……」


 極寒の地とか、別の惑星とか、放射能に汚染された土地とか……。


「ゲームの記憶ですよね?」

「で、でも治めてきたのは事実だし! きちんと発展させたし! トロコンもしたし! 経験豊富なのは間違いなくて……」

「ゲ、エ、ムの記憶ですよね?」


 はい…………。


 もう手で顔を覆うしかない。

 これまで誰かに叱られた経験がほぼないだけに、どうにもこういうのは苦手だった。


「これは遊びとは違うんですよ! やり直しができない、人の命がかかっているんです! それなのに、どうしてあんな約束をしたんですか!!」


 ひいん! だってぇ……。


「…………私だって、ゲームじゃないのはわかっているわ。でも、ああ言わないわけにいかなかったのよ。そうしないと、たぶん私たち、生き残れなかっただろうし……」

「……生き残れなかった、ですか?」


 訝しげなヘレナの声に、私は小さく顎を引く。

 何度も言うように、これにはきちんと理由があるのだ。


「このままだと、村が冬を越せないのは間違いないわ。何人かは生き残ることができるかもしれないけど、被害が出ないということはありえないでしょうね」


 昨年は村人の半数に死者が出たという。今年は前領主のおかげで備蓄もなく、昨年よりもさらに状況は厳しくなっている。前領主という足枷がなくなり、アーサーが主となって動いたとして、果たしてどこまで改善できるだろう。

 私としては、今のところアーサーの手腕には期待をしていない。彼がいて状況が変わると言うのなら、もっと早くに変わっているはずだと思うからだ。

 人間性や思考力の話をしているのではない。彼は善良な人間で、学者をするくらいに知恵があるとは認めよう。これまで村を静観していたのも、前領主がいて口出しをするのがためらわれたためだろうと想像がつく。

 だけど、そこで口出しをできないことこそが、すなわち彼に期待できない理由なのだ。


 窮地においては特に、慎重さや思考力はもちろんのこと、なにより決断力が求められる。

 目まぐるしく動いていく状況の中では、ためらううちに機会が失われていく。消極的で口を出せない主導者は、どれほど賢かろうと村とともに滅びるしかないのだ。


 彼のような思考が必要なのは、腰を据えて長期的にものごとを考えられる状況になってから。それまでは大人しく、聞かれたことに答える相談役に据えておいた方がいい。

 さもなければ、昨年の二の舞。あるいは、もっとひどい事態になる。


 そしてそうなったとき、真っ先に犠牲になるのは誰だろうか。


「もしも食料がなくなりそうなとき、全員に分配できなくなったとき、最初に切り捨てられるのはよそ者よ。薪がなくなったときも、水がなくなったときも、他のときも同じ。――村の中の誰かが死ぬような状況になったとき、すでに私たちは生きていないわ」


 村人全員を生かすために命を賭ける。そう聞こえるように、私はあの場で宣言した。

 だけど実際は逆だ。

 

 突発的な事故や災害以外、すなわち食糧不足のような、村全体を脅かす危機が起きた時点で、私たちは『詰み』だった。


「切り捨てられないようにするには、切り捨てられない状況にするしかない。村の中にそれができる人間がいない以上、自分たちでなんとかするしかないのよ」


 今日、あの発言で、私はようやく主導権を握った。

 ここからどれほど改善できるかは、私にもわからない。勝ち筋が見えていたわけでは決してない。分の悪い賭けをしたと、私自身で思っている。

 だけど賭けに乗らなければ、そもそも私たちには先がない。


 嘘をつき、誇張をし、命を賭けてでも領主と認めさせることで、ここからようやく本当のスタートライン。私たちが生き残るために、動き始めることができるのだ。


「ああ言ったのは、冗談でも遊びでもないわ。私は死にたくない。私が死なないために、誰も死なせないの」


 言い切ってから、私は指の間からちらりとヘレナを窺い見る。

 ソファの前に膝をつき、真正面から私を見つめる彼女の顔に浮かぶのは、考えるような表情だ。眉根に深い皴を寄せ、なにも言わずに口を曲げ、顔を覆う私をじっと見つめる。

 居心地の悪い、沈黙の一瞬。

 のち、彼女は怒りごと吐き出すように、深く長い息を吐いた。


「…………殿下のお考えはわかりました。事前に相談くらいはしていただきたいですが……。まあでも、結局いつものように、殿下のおっしゃる通りになったんでしょうね」


 致し方ない、と言いたげな言葉とともに、部屋に満ちる空気が和らいでいく。

 声にも、もう先ほどまでの険しさは窺えない。指から覗く表情が緩んでいることに気付き、私はおそるおそる、顔を覆う手を下ろし――。


「ヘレナ――」

「でも」


 下ろしかけの状態で、にっこりと笑うヘレナと目が合った。


「『私たち』っていうのはどういうことですか?」


 しまった、罠だった。視線の圧が強い。ひいん!


 だってだってだって、連帯責任、子供に任せるなんて、ハッタリを大きくするため、花京院の命みたいな感じで、いやどの言い訳も無理ぽい。あの状況ですでに村人の空気は掴んでいたし、ここで他人の命まで載せなくてもたぶんあのまま押し切れた。

 要するに、単なる勢い。その場のノリ。気が大きくなって、うっかり口が滑っちゃった。ごめんね。


「で、ん、か~~~~~~~! 私だけならまだしも、護衛のみなさんや御者さんまで巻き込むとはどういうことですか!!」


 ひーん!!!!

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