4.領主として最初の仕事をしよう!(2)
嘘は吐いていない。
ただ、多少の誇張があるのも否めない。
気取られまいと目を細めれば、村人たちが顔を見合わせた。
浮かぶ表情は複雑だ。
信じられないような、だけど嘘と一蹴するのもためらうような。困惑と迷いを浮かべた顔で、彼らは小声でささやきあう。
「前世……?」
「ここより過酷な地……?」
「だ、大統領…………?」
おっと一個失言があった。大統領がなにかは、私にもよくわからない。
ゲーム知識から想像するに、人々の投票で選ばれる血筋によらない王のようなものだと思われる。この大統領であり続けるためには敵対者を暗殺しなければならず、一方であまり暗殺しすぎると反乱が起きるので、なかなかどうして難しい立場だった。
しかし、それを説明すると話が逸れるので置いておいて。
「私を見て、かわいげがないと感じたのでは? 七歳には見えないと思わなかっただろうか?」
ざわめく村人たちへ、私は不敵な顔で呼びかける。
かわいげがない。子供らしくない。気味が悪い。何度も聞かされてきたこの言葉も、この状況では良い武器だ。
「かわいげがないのは当然。私は七歳の王女アレクシスでありながら、いくつもの土地を拓いた王でもある。この体は幼くとも、魂には無数の記憶が刻まれ、あまたの経験が積み重ねられているのだから」
ゆっくりと、区切るように語る言葉は、夜の静けさに染み込んでいく。
満天の星空と松明の火。遠くに見える聖山の影。不気味で奇妙な子供の言葉。
村人たちは、圧倒されたように息を呑む。言葉はなく、視線を逸らせず、浮かぶ表情は次第に色を変えていく。
あらわな不信感が薄れ、心揺らぐような。困惑さえも、神秘の空気に呑まれたような。
仰ぐような、祈るような、だけどまだ、信じきれないような表情に。
村人たちの変化を
そうして口にするのは、消しきれない疑念を吹き飛ばす最後の後押しだ。
「私を領主に据えるといい。この滅びを待つだけの村に、私が春を迎えさせてやろう!」
一瞬の、沈黙。
村人たちが私を見上げ、戸惑い、瞬き――――それから。
「…………ダサッ」
しばしののち。
護衛による肩車にて村人を見下ろしていた私に、どこからかけしからん声が聞こえた。
いやね、だって七歳で人を下に見るのは無理があるのよ。
でも視線の位置と言うのはかなり重要で、見下ろす相手にいろいろ言われても響きにくいのよ。
威厳とは、すなわち目線の高さでもある。誰かが話をするときは壇上に立つし、身分の高い人間の前では周囲みんなが跪く。神の声は天から響くものだし、王城は高くなるものだし、子供に対してしゃがんで目線を合わせるのは、威圧感を与えないためなのだ。
それに、肩車でもしなければ、後ろの方の人たちは私の顔も見えないわけで。
声しか聞こえない誰かの言葉を聞いて、信頼するかと言われたらまあしない。言葉だけだと、意味を考えさせてしまうからだ。
言っている内容を精査させるのは、人を騙すうえでは悪手。身振り手振りや表情で雰囲気を作り出し、よく考える前に流れで丸め込むのが最適解。だからこそ、人を騙すのは対面が一番だというのである。
ちなみにこれは前世の知識とかでは全然なく、七年間で培ってきた経験の話です。
なにせ私の魂に刻まれている前世、基本的にゲームのことしかない。前世の私、いったいどんな人間だったのだろう。だいぶろくでなしだったのではなかろうか。
……まあとにかく。
そんなこんなで、苦肉の策で護衛の肩に乗っていたわけだけど。
――今の言葉で、みんなちょっと冷静になっちゃったわね。
空気は敏感なもの。流れが変わると一気にそちらに引っ張られる。
具体的には「ダサッ」という声があちらこちらから聞こえる。やかましい。
ついでに、いくつか別の声も聞こえ始める。
相変わらず統一感がないので、『誰が』ということもなく、村人たちの中からぽつぽつ漏れ聞こえるだけだけど、その内容はおそらく村人たちの総意だろう。
すなわち――。
「本当に信用できるのか? 前世の記憶があるのは本当だとしても、あいつを領主にして俺たちは生き残れるのか?」
「前領主のように、都合のいいことだけ言っているんじゃないだろうな? 俺たちを犠牲にして自分だけは生き残ろうとしているんじゃないか?」
「半分死んでも、半分生き残ったのは自分のおかげだと言い出すかもしれん。前領主だってそうだった!」
「全滅しなかっただけ感謝しろだと! 自分以外が領主だったら一人も生き残らなかっただと! あの畜生め!!」
前領主、最低すぎる。村人の信頼もおかげでボロボロだし、後続領主にめちゃめちゃ負の遺産残していくじゃん。
しかし村人の言い分の方はよくわかる。
『春を迎える』だけだと公約としては弱い。彼らにはもうちょっと具体的で、魅力的な言葉が必要なのだ。
「いいわ。それなら約束をしてあげる」
そういうわけで、私は再び口を開く。
威厳の回復は無理そうなので素に戻し、伝えるのは公約にして目標だ。
言うなれば縛りプレイ。あるいはスコア目標。もしくはトロフィー獲得のための制約。
村人の信頼を獲得のため、かつ、いささか腹に据えかねた前領主への当てつけも込め、私が目指すのは――。
「今村にいる全員、生かして冬を越えさせる。突発的な事故や災害以外では一人も死なせないと、あの山の竜に誓いましょう」
人差し指を立て、そのまま聖山の方角へと向ける。
黒く重たく、ひときわ高い山の影。私の指先を目で追って、村人たちがごくりと唾を呑んだ。
それからやはり誰ともなく、低く強張った声が上がった。
「………………もしも、誓いを守れなかったら?」
その疑問は予想していた。
そして答えも決まっていた。
私は口の端を歪めると、最後の選択肢を選び取る。
「この命をもって贖いましょう。――私たちを、犠牲者と同じ目に遭わせなさい」
これでもう、後戻りはできない。だけど後悔はしていない。
ひりつくような緊張に、今度は作り笑いではなく口角が上がる。
さあ、ここからが本当のゲームスタートだ。
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