2.村人と交流してみよう(3)
そしてこれが、うっかりの代償である。
「このクソガキャ~~~~~~~~~~~~~~!!!!!」
村人たちの怒りはますます増し、もはや手のつけようもない。
彼らは手にした農具を握りなおすと、血走った目で私との距離を詰めてきた。
まずい。これは本当にまずい。完全に覚悟が決まった顔つきをしている。
「てめえに話すことはなにもねえ! なにが領主だ! 後先は先生が考えてくれるからいいんだよ!!」
ひえっ!
ではなく、『先生』? 誰?
めちゃめちゃ気になるけど、さすがに聞ける空気ではない。というかそんな余裕もない!
今まさに村人たちが農具を振り上げているところだ。護衛たちも慌てて前に出て、私を背後に押しやり剣を抜く。
「くたばれ!!」
「させるか!!」
こうなっては致し方なし。適度に手加減しつつ、やっておしまい!
ではなく、王女としてはこう言うべきだろうか。
私のために争うのは止めて!!!!
「――――ま、ま、ま、まままま待ってください、みなさん!」
「あっ、先生!」
止めた。
でも、どうやら私のために争いが止まったわけではないらしい。
私なんぞ見向きもせず、村人たちは農具を振り上げたまま割って入った声に目を向けた。
「ハワード先生、そんなに慌ててどうしたんですかい!」
「い、いやね、なんか嫌な予感がして、領主様の屋敷に行っていたんだ。そうしたらアレクシス殿下がお留守と聞いてね、な、なにか問題が起きているんじゃないかと……」
村人に釣られ、視線を追いかけた先。
息を切らせて村人に答えているのは、この荒くれ村には不似合いな、見るからに貧弱な男性だった。
年のころは四十歳前後。ひょろっと痩せた体に丸眼鏡。ボサボサの髪と無精ひげ。どうにも弱気な顔に浮かぶ、おどおどと怯えた表情。そしてなにより体から醸し出される、なんとも言葉にしがたい独特の陰の空気。
人を見かけで判断してはいけない。いけないけれど、魂が告げている。
これはまごうかたなきオタク。
しかも昨今の洗練されたオタクとは違う。陰に潜み闇に生き、悦に浸ってはフヒヒと笑う、もはやステレオタイプの旧式のオタクだ。
いや『オタク』ってなんだろう。『ステレオタイプ』ってなんのこと? わからないのになぜか同類だと感じてしまうのは、いったいどういうことだろう?
と首を傾げている間にも、『先生』と村人の会話は進んでいく。
「そ、そうしたらやっぱりこんなことになっていて……み、みなさん、落ち着きましょう。相手は子供なんだから」
「しかし先生……」
「い、今は争うより、協力するべきだと思うんだよ、僕は。男手だって増えるわけだし、それにあんまり勝手なことをしたら、相手の心象だって悪くなるし……」
そう言いつつ、『先生』はちらりと自分の背後を見る。
背後にいるのは、彼が引き連れてきたまた別の村人たちだ。その村人たちの手には農具。開墾してきたというよりは、もっと荒っぽい目つき。そもそも農具の握り方が、完全に武器のそれである。
……うーん、『嫌な予感』。
「殿下のいないうちに、う、馬を奪おうなんて、やっぱり良くないと思うよ!」
「やっぱり! 護衛残しておいてよかったわ!」
あっぶな! ここの村人、短絡的で行動が早すぎるわ!
それだけ追い詰められているってことだろうけど、だからと言って泥棒されたら信頼関係もなにもない。せめて事前に相談してほしい。本当にそれしか手がないようだったら、私も選択肢として考慮するからさあ。
「ああ、護衛を残されたのは良いご判断でしたよ、殿下」
ほっと胸をなでおろす私に、そう声をかけたのは例の『先生』だ。
声を上げた私に気が付いたのだろう。彼は少し腰をかがめて、私の顔を覗き込んだ。
「おかげで助かりました。王都にお住まいの方だと、どうしてもこちらの価値観とずれてしまって……」
金銭や宝石の方を守りがちなんだよね。わかるわかる。
実際、王都じゃ私の持ってきた宝石一つで馬くらい買えちゃうし。田舎は貨幣自体が流通していないことも、あんまりピンとこないんだよね。
とうんうん頷けば、『先生』が優しそうな微笑を浮かべた。
「きっと、旅慣れた方がついていらしたんですね。護衛の方でしょうか? それとももしかして、そちらの女性の方?」
この優しげな微笑みとはつまり、『お母さんはどこにいるのかな?』という表情である。
うんうん頷く私にうんうん頷きを返し、彼はそのままヘレナや護衛たちを見る。
「厩に人を配置して、女性も一人にはさせず、賢明なご対応に感謝します。それに、まさかもう村に降りてこられるなんて、思い切りの良さにも感服しました。殿下をこんな場所に連れ回すのだけは、ちょっといただけないですが……」
いやめちゃめちゃ褒めてくれるじゃん。
いただけないと言われているのは聞き流し、褒められたことってこれまでの人生で数えるほどしかないからちょっと照れる。
しかし『先生』の方は、照れる私には気付かない。
この判断は、いったいどなたが? と言いたげな彼の視線に、ヘレナと護衛たちは顏を見合わせた。
そして、見合わせた顔がそのまま私へと向かう。
三人から顔を向けられた私に、『先生』が眉根を寄せた。
「うん? ……もしかして、殿下が?」
「もっちろん! ぜんぶ私が考えました!」
謙遜なんてする気なし。褒められて気分も良く、むふーと鼻息を吐きながら私は大きく胸を反らす。
周囲の村人たちからなんだか刺々しいような、疑わしげな視線を向けられている気がするけど、これも気にしない。
『先生』に褒められた私を称えよ。なんの『先生』なのかは知らないけど。
「………………本当に?」
しかし、褒めた当人である『先生』が、誰よりも疑わしげな顔をする。
そのまま口までつぐんでしまう彼に、村人の一人が呼びかけた。
「先生、それがどうしたってんです。女や馬なんて、誰だって狙われるのはわかってるでしょうに」
「いや、うーん、たしかにこっちじゃ当たり前のことなんだけど……」
こっちの常識はよその非常識。
こういうの、案外気が付かないものだよね。旅慣れていたり人生経験を積んでいたらまた話は変わるだろうけど、生まれた場所から出たことのない若者にはなかなか難しい。
特に、王都暮らしならなおさらだ。昨今の王都は平和で警備もしっかりしていて、誇らしいほど安全そのもの。護衛なしでも街を歩けるくらいなのだ。
だから王都の生活に慣れると、よそに旅行に行ったときに大変だというのもよく聞く話。警戒心が抜けているせいで、詐欺やスリに狙われやすいのだとか。
その点、私の慎重さはどうだろう。
遠い国の果てまで来て、警戒を重ねつつも大胆な行動。もっと褒めてくれてもいいのよ。結局村人に囲まれたけど。
「…………うん」
だけど私の期待に反して『先生』はこれ以上褒めず、なにやら一人意を決したようにうなずいた。
それから私の顔を見て、改まったような声でこう告げた。
「殿下、少し場所を変えてお話をさせていただけないでしょうか。みんなも、いいかな」
『先生』の言葉に、村人たちからの異論はない。
どうやら彼の発言は、村に影響力があるようだ。
これは……イベント進行の予感?
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