2.村人と交流してみよう(2)

 そんなつもりはないのに、しかし村人たちは憤り、現状私たちは囲まれているのである。


 村人たちの手には、おのおの武器という名の農具がある。人数は、意外に少なく十人そこそこ。

 あとは家の影から、争いに加わる気のない村人たちが不安そうにこちらをうかがっているだけだ。


 一方のこちらは、非戦闘員である私とヘレナ。加えて護衛二人の合計四人。

 残る護衛たちは――といっても、もともと護衛が全員で四人しかいないのだけど、他の二人は現在別行動中だった。


 そのうちの一人は、今はこの村の中にはいない。本当に橋が落ちているかを、確かめてきてもらっているからだ。

 何度も言うけど、村人の発言だけを信用するわけにはいかないからね。護衛一人が抜けるのは痛いけど、ここは慎重になるところだと思う。

 村から橋までは、たしか馬車では三日くらいかかったはず。けっこう距離があるので、全速力で馬を駆っても戻ってくるのは明後日以降になるだろうか。


 もう一人の方は、屋敷に残ってもらっていた。

 正確には、御者とともに屋敷の厩に、である。


 前領主が面倒を見ると豪語していたこともあり、王都から私が持ってきた荷物はほとんどない。せいぜいが着替えと少々の装飾品。金目のものがないとは言わないけれど、今のこの村にとっては価値のないものだろう。

 領主の屋敷はもぬけの殻。家探しをしていた護衛たちの報告を聞くに、食料のたぐいも空っぽらしい。

 となると、今の屋敷で守るべきものはなにか。

 馬である。


 金よりも私自身よりも、今は馬の命が重い。

 馬がいればなにかと役に立つし、いざという時に逃げる足にもなる。移動手段に輸送手段、力仕事と今後の活躍までもが見込まれる。

 しかし今、何が一番見込まれるかと言えば、考えるまでもない。


 馬車を引く二頭に、護衛たちの四頭。うち一頭は留守だけど、全部合わせて馬六頭。

 はっきり言って、けっこうなお肉である。


 私としては、これから治める領地の人間が泥棒をするなんて信じたくない。

 人間の本質は善。善なるものは死後天国に迎えられ、永遠の幸福が約束されている。敬虔なる村人諸君は、この神の約束を決して忘れてはいないだろう。


 忘れてはいないだろうと思うけど、人間うっかり忘れるのはよくあること。

 隣人のなにが信用なるものか。死後の幸福より先に現世の空腹である。

 ということで、御者と護衛の二人で馬を守ってもらっているところだった。




 結果、現状ピンチである。

 多勢に無勢。しかも相手は、肉体労働で鍛えられた屈強な男たち。

 さすがに訓練を積んだ護衛が村人に負けることはないと思うけど、互いに無傷とはいきそうにない。

 あるいは、ここでやるだけやって打ち勝てば主導権を握れるだろうか? いやいや、そうなると貴重な労働力が――ではなく。


 いたいけな王女としては、やはり血が流れるところは見たくないのである。


「待って、私が悪かったわ! 怒らせるつもりはなかったの、ごめんなさい」


 なので、ここで引くのは私の方だ。

 本心からそう思っているかはさておいて、私は護衛の前に飛び出ると、頭に血の上った村人たちの前で頭を下げた。


「この領地に閉じ込められたのは私たちも同じです。だから、協力してなにかできればと思ったんです」


 肩を縮ませ殊勝な声で、私は村人たちに訴える。

 護衛たちが下がるようにと言っても聞かず、できるだけ同情を誘えるように。


「まだ子供で頼りないかもしれないけど、私は領主としてこの地に来ました。それなら、村を守るのは私の役目。互いに血を流したくはありません。非礼はお詫びします。どうか、武器を収めていただけないでしょうか」

「………………」


 ちょろいもんよ。

 まあ、こんないたいけな子供が頭を下げているのだから当然だよね。

 どこからともなく「かわいげがなさすぎる……」とかいう声が聞こえた気がするけれど、たぶん気のせいなので聞かなかったことにして。


「今一度、改めて村の皆様にお願いします。どうしてこんなことになったのか教えてくださいませんか。いったい、私が来る前になにが起きていたのでしょうか?」


 そこまで言うと、私はようやく顔を上げた。

 真摯な顔で周囲を見回せば、集まった人々が息を呑む。


 それから少しの間のあとで、人々の中から一人の村人が歩み出て――こない。

 武器を持った村人の中にも、さらにその奥にいる人々の中にも、自ら出てくる人間がいない。

 ざわめきながら、誰もが互いに「お前が説明しろよ」と言いたげに視線を交わし合っているだけだ。


 ――……んん?


 普通、こういうときはまとめ役みたいな人間が出てくるものでは?

 判断に迷って自ら出てこないにしても、そういう立場の人間がいるのなら、村人の視線が集中しているはず。


 なのに、村人の視線はてんでばらばらだ。

 しかも、ついに意を決したのか声が上がるけれど――。


「あれは三年前のことで」

「事件が起きたのは今朝」

「お前に話すことはない」


 意見を統一してくれませんかね。

 というか、うーん、これって……。


「主導者みたいな役回りの人がいないってこと? ……組織として、ちょっと未熟すぎるわね」


 それでよく前領主を追い出せたな?

 いや、主導者がなく判断を下せなかったからこそ、ここまで決起が遅れたという方が合っているのだろうか?

 決断力のある人間がいれば、こんな極限の状況になる前に行動ができただろうし、こうなると村の惨状もむべなるかなというべきか……。


「……殿下」


 しかし、そうなると少し困った。誰に話を通せばいいのかわからなくなってしまった。

 村に影響力のある人物を説得できれば、村の統治に干渉できると踏んでいたんだけども、あてが外れた。

 こうなると、腕力に訴えた方が早かったかもしれない。村人を傷つけたくない気持ちは山々だけど、他に手っ取り早く指揮権を奪える手段もない。頭を下げる判断は、早計だったかも――。


「殿下、殿下」


 うん、なに?


「声に出てますよ」


 …………。

 ……………………。


 うっかり。

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