3.村人と会話をすることでイベントが発生するぞ(1)

「僕の名前はアーサー・ハワード。もともとは王都で研究員をやっていて、今回は現地調査のために開拓団に同行していました」


 またしてもぞろぞろと場所を移動し、今度は村の一角にある一軒家。

 村の他の家々よりは少しマシな、今にも崩れそうというほどではないその家で、『先生』ことアーサーはそう自己紹介をした。


「僕の専門は瘴気についてです。ノートリオ領では瘴気の知識も必要になるだろうと、前領主のマーカス閣下の要請も受けてのことでした。僕もノートリオ領にはずっと興味があって、いい機会かなとついてきたんですけど……」


 なるほど、学者『先生』ってことね。

 アーサーに差し出されたやたら苦いお茶を飲みつつ、私はふんふんと相槌を打つ。


 それなら、村の人々の態度も納得だ。

 学者といえば、平民には数少ない知識階級。それも、王都で研究していたとなるとかなりのエリートだ。義務教育の普及していないこの国では、雲上人とさえ言っていい。『義務教育』や『雲上人』がなにかとは、もういちいち気にしない。


 経緯からして、彼はもともとは前領主側の人間。それでも今も村に残っているあたりに、彼の立場がうかがえる。

 おそらく彼は、村人の味方をしていたのだろう。だからこそ村人にも慕われ、信頼されているのだ。


 いや、あるいはここまでくると、『味方をした』なんてものではないかもしれない。陰の空気などと失礼なことを言ってしまったけれど、陰の者でもやるときはやる。こんな空気を醸し出しているなんて、どうせ引っ込み思案で学級会でも一切発言せず、ひっそり小さくなっているだろうなんて偏見もいいところだ。

 この消極的な村で前に立ち、人々を率いたのは、まさかの――。


「あなただったのね、村人決起の指揮を執ったのは!」

「いやいや、まさか! 違いますよ!」


 違った。恥ずかしい。陰の者はやっぱり陰の者だわ。

 でも村の様子を見るに、指揮を取れそうな人間って他にいないんだけどな。


「マーカス閣下を追い出したのは、村の人たちが自分で決めたことです。決めたというか、流れでそうなったというか……やっぱりみんな、さすがに許せなかったみたいで」

「許せなかった?」

「……うん。ええと、どこから話をするべきかな――――」


 〇


 そんな切り口で、アーサーが語ったことには。


 開拓は、そもそも初めから上手くいっていなかったらしい。

 前領主マーカスは口先だけの見栄っ張りで、貴族三男の劣等感と自尊心を拗らせたような人間だったという。

 知識はなく、能力もなく、貴族根性は抜けず、贅沢は忘れられず、理想は高いが実現させるだけの努力もできない。せめて人望でもあれば良かったのにそれすらなく、得意の口先すら、聞く者が聞けばすぐに綻びが見えてくる。そんな人物に指導者をさせれば、どうなるかはわかりきっていた。


 マーカスは真っ先に自分の屋敷を建て、王都から持ち込んだ品々と無数の使用人に囲まれながら、貴族さながらの生活を送った。開拓地であることなど考えもせず、税収代わりに村人たちから収穫物を徴収し、開拓が行き詰っても下々のことは顧みない。先行きが暗くなってきても生活の質は落とせず、破綻が見えるころには村人たちへ責任を転嫁していた。


 村人たちはそれでも、長らく我慢を続けていた。

 最初の一年目は、まだ領外から持ち込んだ資源に余裕があった。収穫は少なく、冬の厳しさは想定外だったものの、不慮の事故以外での負傷者も出なかった。

 次の二年目は、一年目よりもはるかに厳しかった。一年目の反省を踏まえて早くに冬に備えようにも、このころから物資が不足し始めたのだ。

 マーカスに指示を仰いでも村人の努力不足だと退けられ、せめて取り立てを緩めてくれるよう訴えても聞く耳を持たない。彼らは代わりに学者であるアーサーを頼り、彼も無下にはできず領主の目を盗んで知恵を貸していたらしい。

 それで、どうにかこの冬も乗り切ることはできた。

 できたというのは、つまり、被害を最小限に抑えたということだ。


 この冬に、はじめての死者が出た。

 それでも、まだマーカスは変わらなかった。

 国には、開拓が順調であるとの報告が送られていた。


 問題の三年目。村人と領主との対立が目に見えるようになってきた。

 たぶん、本当はこの時期に決起をするべきだったのだろう。だけど領主の屋敷は護衛兵が固めていて、剣も持たない村人たちでは手が出せない。村人たちも生きるのに手いっぱいで、一か八かの蜂起をするにはまだ決意が足りなかった。


 その年の冬は、村人が半分になった。


 そして今年。四年目の春。

 村を流行り病が襲った。


 たいした病気ではない。体力があれば自然と回復する、すでに世間にはよく知られた病気だ。特効薬もすでに見つかっていて、材料さえあれば医者が処方できる。

 実際、栄養状態の悪い今の村でも、重症化する人間はほとんどいなかった。重症化したのはほんの数人だ。村の中でも特別に弱い彼らを、村人たちは総出で看病し続けた。


 一方、医者を呼びたい、あるいは隣領に出て医者に診せたいという村人たちの要望を、マーカスは退け続けた。

 それをすれば、村の現状が外部に知られてしまう。順調な開拓が嘘であると判明すれば、開拓は中断。マーカスが領主の任を解かれるのも確実だ。

 さらには、嘘の報告をしたことへの誹りもあるだろう。大口を叩いてきただけに、周囲の視線も冷たいだろう。嘲笑を受けるのは避けられず、二度と所領を持つことは叶わないだろう。


 それから数か月。秋風の冷たさに、病人たちは耐えられなかった。

 冬を待たずに去っていったのは、まだ体のできあがっていない、村の小さな子供たちだ。

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