1.まずは基本情報を確認しよう(3)

「無理ですよ、無理無理無理無理!! 殿下のそれは、単なるごっこ遊びの知識なのでしょう!?」


 まだなにも言っていないのに、ヘレナは大きく首を横に振る。


 いやだけど、そこには大いに反論がある!

 たしかにゲームは現実ではない。ゲームの中には厳密な規則が定められており、それが破られることはない。予想外のことは決して起きず、現実を侵すこともない、単なる箱庭の中のできごとだ。

 しかし、それを『ごっこ遊び』と言うのは誤りである。なぜならゲームは箱庭であっても、それをプレイする私は人間である。ゲームから様々なものを吸収する。ゲームを通じて多くのことを学び取る。

 それは本を読み学ぶのと同じこと。劇を観て、音楽を聴くのと同じことだ。ごっこ遊びで終わるのは、その人間が遊びとしか思っていないから。真に知的探求心があれば、どこからでも学ぶことができ――。


「またそんな詭弁ばっかり言って!!」

「いだだだだだだだだ!」


 くう、頭の固い人間はこれだから!


「そもそも、殿下がなんとかする必要はありませんから! すぐに王都に戻って、国王陛下に状況を報告するべきです!!」


 しかし言っていることはごもっとも。頭が固いとか言ってごめんなさい。

 そしてその選択肢、実は真っ先に浮かんで、真っ先に消した選択肢です。

 だって王都に戻りたくないし……。


「で、でも私は領主だし、ノートリオ領を任されたわけだし……」

「誰も七歳に本気で領地を任せようとなんて思っていません!」


 なんとか食い下がりたい私を、ヘレナは一刀両断する。この『刀』ってなんだろう?

 またなんか変な前世知識が芽生えてしまったらしい――というのはさておいて。


「殿下がノートリオ領に来られたのは、前領主様がいらっしゃるからです! 統治が安定していると聞いたから、前領主様を補佐とする形で陛下も殿下を領主にと任命されたのです! 前領主様がいらっしゃらない以上、王都に戻っても誰も文句は――文句は、言う方が悪いんです!!」


 文句はやっぱり言われるよね。理不尽にね。嫌味もたっぷりもらうよね。


 それはそれとして、腹立たしいけどヘレナの言う通り。

 先ほど置いておいた、どうして王女たる私が未開の地に追いやられることになったのか――というのは、つまりは前領主の存在があるからだった。


 もともとは、ほとんど捨て置かれたような領地。あまり関心も寄せられない貴族の三男以降。やりたいなら好きにすれば、という感じで承認された開拓許可だったけれど、上手くいくとなれば話は変わる。

 ノートリオ領は、不毛ではあれど広大な平原を有し、山脈を国境として三つの国と面している。なによりこの山脈自体が大陸でかなり重要で、いわゆる聖地、聖山なのだ。

 大地の化身たる聖竜の生まれし場所。この山の火口で竜は生まれ、また死の際には再び火口に戻るという。我が国のみならず、大陸全土に伝わる伝説を持つ。


 これほど重要な場所を、そこらの生半可な貴族に渡すわけにはいかない。しかし、今まで幾度も開拓を退けていた地が、その生半可な貴族の手腕によって上手くいっているらしいのも事実。

 となると、この貴族は挿げ替えられない。挿げ替えられないけど、なんとか王家の手柄にしたいし、王家の影響を強めたい。


 ならばどうするか。

 王女を降嫁させればいいのでは?

 いきなり結婚させるのはさすがに露骨すぎるので、まずは王女を領主として貴族の方を後見とし、二人の接点を作りましょう。そうこうするうちになんやかやで絆が芽生えたことにいたしましょう。

 ほら、自然に結婚した!


 するか!

 相手は今年で三十歳だ、バカ!!!




 ほら面白くない話だった。

 だから話したくなかったのに。思い返すだけでも腹が立ってくる。


 だいたいこの話、本当は私じゃなくて異母姉の誰かが選ばれるはずだった。最初は、もう少し年が近い相手を選びましょうという話だったのだ。

 だけどみんな、こんな未開の地には行きたくない。報告書は華々しいけど、所詮は開拓したての田舎である。村一つしかない土地での生活の、いったいなにが楽しいものか。華やかな王都での暮らしを捨てて、誰が泥まみれの開拓生活なんてするものか、というわけである。


 おかげで、一番立場の弱い私に押し付けられてしまった。『あなたならお似合いでしょ』じゃないですよ。年の差二十三歳で、いったいなにが似合うと言うんですかね。


 そんなこんなで、道中は完全に人生の墓場に向かっているつもりだった。

 私がなにを言ったところで、どうせ嫌でも結婚させられるのだ。しかも相手はめちゃめちゃに乗り気で、七歳児もどんと来いという心づもりだったという。せめてあと十年待ってくれ。いや待たれたとしても、一度でも七歳児に乗り気になられた時点で無理すぎる。


 しかし、なんて幸運なアレクシス! この状況が、思いがけずもひっくり返ったのだ!

 なんと前領主は追放され、私は自由の身なのである!


 ――なのに王都に戻るなんて冗談じゃないわ! どうせまた同じような目に遭うに決まっているんだから!


 ろくでもない相手と結婚させられるくらいなら、国の端っこで開拓生活にいそしみたい。ここなら国からも捨て置いてもらえるし、異母姉たちもちょっかいを出してこないだろう。

 しかも、ここは楽しい開拓地。なにが出てくるかわからない未知の土地を耕し、発展させることができるのだ。

 もちろん、失敗すれば命はない。そんなことはわかっているけど、王都で異母兄姉たちから虐げられながら、権力闘争の傀儡にされるよりは、好きなことに命を賭ける方がよほどマシ。そのうえ上手くいったなら、結果的に村の人々を助けることにもなるのである――。


 ……という気持ちは大いにあっても、一方で冷静な私は気付いてもいた。

 先ほども反論できなかったように、今のところは王都に戻って助けを求めるというものが、一番妥当な選択である、と。


 父である国王は私を疎んではいるけれど、別に死んでほしいとか、あえて苦しめたいと思っているわけではない。一人だけ母の違う私がいると権力抗争的にややこしいことになるために、とにかく面倒くさいだけ。単なる事なかれ主義の日和見人間なのである。

 なので、助けを求めても無視されるようなことはないだろう。日和見ゆえに腰が重いため、果たして冬の間に村人の救済に動くだろうかと言う疑問はあるけれど、ここで私一人がどうこうしようとするよりは、残念ながらよほど可能性のある選択肢なのだ。


 ――……嫌だけど。本当に、本気で死んでも王都なんて戻りたくないけど。


 私だって、むやみに村人を犠牲にしたくはない。自分の趣味のために命を弄ぶほどに振りきれた性格もしていない。

 王都に報告すれば開拓中止、ノートリオ領に引き上げは間違いないだろう。

 それでも、これ以上の選択肢がないのであれば、私の選択は決まっていた。

 どれほど疎まれ、嫌われていようと、私はこの国の王女。セントルム王国を治める王族の一員なのだ。


 なのだ、けど。


「――――――た、大変です! 大変です!!!!」


 駆け込んできたのは、慌ただしい誰かの声。

 いや、聞き覚えはある。たしか連れてきた護衛のうちの一人のはずだ。


 その護衛が、待機している私たちの部屋へ駆け込んでくる。

 顔に浮かぶのはあらわな焦りだ。顔色は、青を通り越して真っ白になっている。


「大変です、殿下! 周辺を調査していたところ、村の様子に異変があって……その異変というのが……!」


 言葉が追い付かない様子で、護衛は言いながらも荒く咳き込んだ。

 それでも黙ってはいられないのだろう。彼は咳き込みながらも、声を押し出すようにこう言った。


「隣領につながる唯一の橋が落とされていたそうです! 前領主であるマーカス閣下の仕業だろうと、村人たちが騒いでいます!!」


 ノートリオ領は、王国北端。

 山脈を隔てて三つの国と接してはいるものの、王国側と接しているのは一つの領地のみ。

 その領地とは、大河と呼べるほど大きな川によって隔てられている。


 行き来をできるのは、その川にかけられた一本の橋のみ。

 渡し船の類は存在しない。山の瘴気の流れ込む川ゆえに、漁をする人間すらいない。泳いで渡るにはあまりにも川幅が広く、水温も下がりすぎている。

 少なくとも、冬を迎える前に隣の領へ渡る手段を得るのは、不可能だ。


「…………殿下」


 ヘレナがちらりと私を見た。


「まさか、ちょっと喜んでいるんじゃありません?」


 …………。

 ……………………。


 そっ。

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