1.まずは基本情報を確認しよう(2)

 いや大丈夫、移動の記憶はちゃんとある。

 考え事をしていたから若干ぼんやりとはしているけれど、村人の言葉だけでは真偽を判断できないということで、予定通りまずは領主を訪ねてみようということになったのも覚えている。


 そういうわけで現在は領主の屋敷。

 粗末なあばら家の並ぶ村の惨状をよそに、『屋敷』と言えるほどに立派な屋敷。

 その応接室と思しき一室で、私とヘレナは護衛たちが家探しを終えるのを待っているところだった。


 家探ししてなにを見つけたいかと言えば、前領主の痕跡だ。

 屋敷を訪ねても領主は見つからなかったけれど、まだ村人の言うことが真実とは限らない。もしかしたら、今も屋敷にいるのではないか。領主以外の誰かが残っているのではないか。

 そうでなくとも、前領主は私が来ることを知っていたはず。ならば書置きの一つでもあるのではないか。なにかしら、私たちのための手がかりを残しているはずだ――。

 という淡い期待のもと、考え込む私をよそに護衛たちが独断で動いてしまったのである。


 ――いやいや、書置きする程度でも気回しができるなら、こうはならないでしょ。


 後に残した私を気遣えるのであれば、それ以前に村人をもう少し気遣っているはず。優しさとかそういう話ではなくて、ちゃんと後先を考えられるという意味で、だ。

 開拓を進めるためには、村人との対立が悪手なことはわかりきっている。当然嫌われないように立ち回るべきだったし、そもそも冬を越せないようなら領地引き上げの判断もするべきだし、それ以前に国への報告書で支援を求めるべきだった。

 そういうことをやってこなかったということは、前領主はそういうことなのである。


 なのでまあ、書置きなんて探しても意味はないとは思うけど、家探し自体は無意味ではないので止めもせず、少々の待機時間。

 どうやら、この待機時間がヘレナには辛かったらしい。


「どうしましょう、まさか前領主様がいらっしゃらないなんて! 屋敷ももぬけの殻なんて! 村がこんな状況なんて!!!!」


 ヘレナのそばかす顔が大きく歪む。年齢にしてはやや幼い顔が不安に歪み、青ざめ、瞳が潤んでいく。

 そして潤むのと同じだけ、私を揺さぶる手にも力が込められていく。しかも小柄な見た目に反して、けっこう力が強い。


「前領主様がお迎えのご用意をしているというから、こちらもほとんど荷物を持ってこなかったんですよ!? 使用人だってわたし一人で、護衛も少人数で!!」

「まあまあヘレナ、落ち着いて」

「これが落ち着いていられますか!!!!」


 それはそう。

 王都からひと月以上かけてやってきて、着いた途端にこれなのだ。

 寝耳に水にもほどがある。あまりにも話が違う。安穏な辺境開拓生活が始まるはずが、いきなり生死の境に立たされることになっては、動揺するのも無理はない。とはいえ。


「いいから落ち着きなさいって。なっちゃったものはなっちゃったんだから、取り乱しても仕方がないじゃない」


 騒いだところで現実は変わらない。

 実際に前領主はいなくなり、村には危機があり、私たちはここにいる。

 となれば、今は目の前のことを受け入れ、これをどう対処するか考える方が賢明ではないだろうか。


 という気持ちを込め、にこやかにヘレナに呼び掛ければ、ようやく彼女の手が止まる。

 ついでに、浮かべていた表情も変わる。不安で仕方がないと言いたげな、縋るものにでも縋るような目つきから――なんとも言えない、不信感に満ちた目に。


「……殿下、まさかちょっと喜んでません?」

「…………」

「まさか、ちょっとラッキーとか思ってません??」

「……………………」

「まさか、前領主様の代わりに、自分でなんとかしようと思ってません???」

「………………………………」


 ………………………………。

 そっ。


 と視線を逸らしつつ、ここでやっぱりいったんタイム。

 タイム中に考えるのは、このヘレナのことである。


 ヘレナは私が王都から連れてきた、唯一の侍女。にして、そもそも王都にいたころから私の唯一の侍女だった。

 一人だけ母親の違う私は、王宮の嫌われ者だ。父は私をかばわず、母は私に関心を持たず、異母兄姉たちからは疎まれてきた。

 そんな王女の侍女には、誰だってなりたくない。意地悪な異母姉たちが手回しをする必要もなく、侍女に相応しい身分の令嬢たちは私から離れていった。


 そんな中で、ヘレナはただ一人、私に仕えてきた侍女だ。

 年は私よりも一回り上の十九歳。身分はさほど高くないけれど、私が物心つく前から遊び相手をしており、他の遊び相手が次々に逃げて行く中で、彼女だけがそのまま私の侍女になった。

 いわば逃げ遅れたとも言える彼女は、長い付き合いだけあって、私のことをよく――――本当によく知っているのである。


「まさか――――」


 というところで、タイム終了。

 なぜなら、肩を掴むヘレナの手に、ギリっと音がするぐらいの力が込められたからだ。


「また、前世がどうとか言い出すつもりじゃないでしょうね!?」


 あだだだだだだだだだ!

 見抜かれてる!

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