1.まずは基本情報を確認しよう(1)
というあたりで、いったんタイム。
今のうちに状況を整理しておこう。
状況と言うのはつまり、いかにして王女たる私が未開の地に追いやられることになったのかとか、幼い私の不幸な境遇だとか、どうやって前世の記憶を取り戻すに至ったか――といった話では全然ない。
だってそんな話をしても、なにも面白くないからね。私には前世の記憶がある――なんて言われて、誰が話を聞きたいのか。そもそもこの前世の記憶、取り戻すもなにも物心ついたときにはすでにあったし。
しかもたいして役にも立たない。ゲームの記憶だけやたら鮮明なくせに、他はふとした瞬間に、ぽっと変な知識が浮かぶくらい。あとはせいぜい、私の人格形成に多少の悪影響を与えたくらいのものなのだ。
なのでそんなものは置いておいて、今は現状の整理といこう。
具体的には、①村の置かれた状況と、②私の置かれた立場と、③この先の行動について、みっちり考えようではないか。
そういうわけで、さっそく①。
村の状況を改めて考えてみよう。
うーん、悪い! 悪いね!
ざっと見ただけだけど、王都から出たことのない私でさえわかるくらいにボロボロだわね。
そもそもこのノートリオ領が、長年不毛とされていた地なのだ。
王国北端に位置し、隣国との国境に面していて、そのうえ広大な平原を有しながらも、不毛と言われ続けてきた。
原因は、大陸最大と言われる大山脈の麓に位置する高原であり、かなりの寒冷気候であること。山から発生する瘴気に土地全体が汚染されていて、既知の作物がほとんど育たないこと。加えて、瘴気を好む魔物が多く生息していることだ。
実り少なく危険が多いこの地は、これまで何度か入った開拓の手をことごとく退け、今やすっかり見放されてしまっていた。
そんなノートリオ領に再び開拓の手が入ったのは、今から三年前のこと。
開拓を提言したのは野心家な貴族の三男坊だか四男坊で、国から認可を受けるとほどなく、自分の配下と国民から募った有志を引き連れ、意気揚々とノートリオ領へと入っていった。
その野心家こそが、村で話題の前領主である。
入領後、彼は不毛と言われていたノートリオ領で、奇跡の成果を次々と上げることになる。
瘴気に侵された大地でも育つ作物を発見し、瘴気に惹かれてやって来る魔物の対処法を考案し、開拓村は見る間に発展。領内を不当に占拠する得体のしれない野蛮人、もとい現地住民を制圧して支配下に加え、さらなる快進撃を続けているのだとか。
もちろん、さすがに国も信じなかった。
報告書に誇張はつきもの。だいたいどこの領主も、自分のところの悪いことは書きたがらないもの。報告を受けた人々は、誰もが話半分に聞いていた。
それはつまり、話半分は聞いてしまったということでもある。
それだけ言うのなら、まあ大きな問題は起きていないのだろう。食うに困るというほどでもなく、魔物もなんとか追い返して、現地住民と衝突もせずに済んでいるのだろう。この調子なら、王女一人くらい増えても死なすことはないだろう――と。
面白いくらいに全部嘘だった。
私も出立前に領からの報告書に目を通していたけれど、どうやら全部忘れる必要があるらしい。
で、全部忘れて村を見るに、今年の冬は越せそうにない気がする。
実際のところはまだわからないけれど、村人たちの痩せた体を見るに、たぶんろくなものを食べていない。服の粗末さからして繕い物をする手も足りず、魔物から身を守るための、命に直結する柵すら修繕できていない。
なにより、私に対して同情をする余裕さえない。
普通に考えて、幼い子供がいきなりこの村の領主になったと聞いたら、真っ先に出るのは同情だろう。こっちはいたいけな七歳児。本来であれば蝶よ花よと慈しまれ、誰からも愛される年齢なのだ。
だけど、村人の視線は冷たい。氷点下である。なんなら、敵意さえも感じられる。
迷惑がられるならまだしも、ここまで剥き出しに嫌われるとなるとただごとではない。
というか、『ただごとではない』ことが、私が来る前にあったのではないだろうか。
そういう目で村を見ると、気になるのが村の活気のなさだ。
もちろん、活気が出るような状況でないことはわかっている。だけどそれにしたって、あまりにも村の空気が重い。村に到着した私を見に村人たちが集まって来たときも、ぼそぼそとした囁き声が聞こえたくらいで、他の物音もほとんどしなかった。
到着したのは昼日中。子供がいたら、外で遊んでいてもおかしくない時間帯なのに。
…………そうなると、②の私の立場が厄介なことになる。
そもそも村についた時点で思ったけど、事前の資料に比べて村人の数が明らかに少ないのだ。全員が全員私を見に集まって来たわけではないにしても、だったらもう少しどこかで声がしたり、行きかう人の姿があったりしてもいいはず。
なのに、ない。これたぶん、前領主の責任だよね。追い出せたって言っているあたり、さんざんな目に遭っているよね。もう領主なんてこりごりだ、ってなってるよね、たぶん。
そんなところへ私が来て、言うこと聞いてくれるかというと、聞いてくれるとは思えない。
こちらは正式な領主。国王の印璽つきの書状もある。けど、こんなの命の危機の前には紙切れでしょ。不敬罪が怖いのは、生きた人間だけってね。全滅したら罪にも問えないわけだしね。
でも、開拓するには最低限、指示出しだけでもできるようにならないと始まらない。信頼度とか好感度のシステム、ちょっと面倒くさいよね。やるけども。
なので自動的に、③が決定する。
今後私が最優先するべきは、村人の信頼獲得。別にめちゃめちゃ仲良くなる必要はなくて、内心不満だろうが何だろうが、とにかく指示を聞いてくれさえすればいい。
とはいえ、どうやって信頼なんて獲得できるんだろう。
こっちはよそ者の新参者の女で子供で世間知らず。しかも前領主のおかげで村人たちには特大の不信感あり。武力でどうこうするには、連れてきた護衛が少人数過ぎて心もとない。
だいたい前領主に反旗を翻したくらい覚悟の決まった村人に、暴力の脅しがどれだけ役に立つだろう。貴重な人手を傷つけたくはないし、もうちょっと穏便な方法はないものか。
今の私にできる、説得の手はなんだろう。うーん。
う~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん。
「――――――ど」
と、考えているうちに集中力が切れてしまったらしい。
タイムとは言ったものの、ここは現実。実際に
我に返ってみればしっかり時間は進んでいるし、村の入り口から場所を移してもいるし――――。
「どどどどど――――――しましょう!! どうしましょう、どうしましょう、どうしましょう、アレクシス殿下あ!!!!!!!」
王都から連れてきた私の侍女、ヘレナに思い切り肩を揺さぶられてもいるのである。
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