大草原の小さな領主 ~七歳王女の楽しいハードモード異世界開拓記~

赤村咲

●0.ようこそ新しい開拓村へ!

 見渡す限りの大草原。

 抜けるように青い空。

 どこまでも続く緑の海原に、風が波を立てていく。


 その波間を縫うようにして、幌馬車が揺れる。

 真っ白な幌をはためかせ、ゴトゴト車輪の音を立てながら、まるで泳ぐかのように。草をかき分け、日差しを受けて、馬車は道なき道を進んでいく。

 そうしてたどり着いたのは、草原の中にぽつんと浮かぶ、小さな小さな村だった。


 馬車が到着すると、小さいけれど活気に満ちたその村に歓声が上がる。

 往来を行く人々は足を止め、家にいた人々は飛び出して、村の入り口まで一直線。待ちわびた馬車の姿に、村中の人々が目を輝かせ、誰からとなくこう叫ぶのだ。


『ようこそノートリオ領開拓村へ、新しい領主様!』




 なんてね。

 そんな甘い話があるわけないよね。

 あったとしても、嫌われ者の私にそんな話が回ってくるわけがないよね。


 もちろん、最初から期待はしていなかった。

 なにせこっちは生まれてこの方嫌われ者。父にも母にも愛されず、異母兄姉は私を疎み、周囲に持て余され続けた挙句、嫌がらせのように押し付けられた領主の座なのだ。

 諸手を挙げて歓迎される土地とは思えない。

 活気に満ちた、発展の見込める場所のわけがない。

 貧しくとも温かく出迎えてくれる村人など、いるはずもない。


 寒風が吹き抜ける、冬のように寒い秋の日。

 私を出迎えたのは、陰気な顔をした村人たちの冷たい目だ。


「……国王陛下はなにを考えておられるんだ。こんなときに、新しい領主なんて」

「こっちは自分たちで食うのも精いっぱいだってのに。作物は全部ダメになってるし、獣もろくに捕まらねえ」

「学者先生が言うには、今年は特に瘴気が濃いらしい。おかげで魔物が集まってきて、獣が逃げちまっているらしい」

「もうじき冬が来るのに、なんでまたこんな厄介者を……」


 馬車を横目に、やせ細った村人たちがぼそぼそと言葉を交わす。

 声は小さく力なく、活気という活気が感じられない。家々から出てくる人もまばらで、往来を行き交う人もほとんどなく、集まって来た村人は両手で数えられるほど。

 あとは遠巻きに私を眺めながら、声を潜めて話し合うばかりだった。


「どうせこいつも、前領主と同じろくでなしだ。なんだあの馬車、気取りやがって」

「ようやく前領主を追い出せたってのに、これじゃ結局変わりゃしねえ……」

「いったい、俺たちにどうしろって言うんだ。こんな厳しい土地で、こんなどうしようもない状況で、こんな何人生き残れるかもわからねえ時期に、こんな――――」


 漏れ聞こえる拒絶の言葉に嫌悪の瞳。村全体に漂う失望感。

 だけどそれも、無理のないことだろう。


 この地域は、これから長く厳しい冬を迎える。冷たく、雪深く、一切の実りのない冬だ。

 だというのに、村には冬支度をしている様子がまるでない。天日干しのため軒下に吊るした野菜もなければ、燻製を作るための煙も上がってはいない。家畜のための麦わらの山もなく、家の端に積み上げられた薪もない。

 すでに風は痛むほどに冷たいのに、村人たちの着ている服は薄く粗末で、外套を着ているものさえ一人もいないありさまだった。


 そんなところへ現れたのが、この私。

 馬車を降りる私を、誰かが『こんな』の続きを叫んだ。


「こんな――――こんなガキの世話まで、俺たちにしろって言うのか!」


 セントルム王国末王女、アレクシス。御年七歳。

 本日より新たな領主となった私は、歓迎とは真逆の村人の視線に、その場で凍り付いたまま身じろぎさえもできなかった。


 当たり前だ。だって私はまだ七歳。背丈もようやく、大人の腰より大きくなってきたところ。だのに、いきなり両親と引き離され、こんな寒村に送られてしまったのだ。

 ああ、なんてかわいそうなアレクシス。意地悪な異母姉たちの手で王都での幸福な生活を奪われ、今では明日も知れない身。こんな不幸があるだろうか――――。




 というわけではなく。


「馬鹿にしやがって! こんなガキになにができるってんだ!」

「食料もねえ、薪もねえ、瘴気は濃くなる一方で、こんなお荷物まで増えて、いったいどうすりゃいいんだ……!」


 いやほんとそれ。この状況、どうすればいいんだろう。

 本来の計画では、私は前領主の庇護のもと名ばかり領主になるはずだった。前領主が領主代行として全権を得て、私は命令権もなければ口出しをする権利もなかった、はずだったのだ。

 なのに前領主、なんか知らない間に追い出されてるらしいし。こうなると、私が名実ともに統治者になるしかないってこと? この寒村を? 冬を目前にまったく準備のない、ほぼ『詰み』状態の村を?


 こんなの、頬が勝手に強張ってしまう。立ち尽くしたまま動けなくもなる。

 だけど頭は、止めようもなく回転する。視線は無意識に、村から情報を得ようとする。


 風が吹けば飛びそうな、粗末な家々。一目でわかるいくつもの空き家。壊れたまま修繕している様子のない、村を囲う柵。舗装されていない道に、井戸までの道順。

 ここから、どうやって『詰み』を回避できるだろう。一時停止もできないのに? 失敗したらリセットしてやり直しができないのに?


 思考がどんどん熱を持っていく。頭がぐるぐる回転する。

 まずはどこから手を付けるべきだろう。食料? 住処? 村の柵? 頭の中で、必要なものを組み立てていく。ジグソーパズルのようにぴっちりと。隙間なく手順を埋めては、上手くいかずに組みなおし。

 いや難しい。本当に厳しい。この手の『ジャンル』は、序盤こそが最難関。ここで手を誤っては、後から取り返しがつかなくなる。

 特に今は、失敗したらやり直しがきかない。いわばゲームの本配信。土地の特性を知り、必要なものを知り、慎重に慎重に、本当に必要なものを選ばなければならないのだ。


 瘴気。魔物。草原。冬。考えることはいくつもある。

 村の人口。信頼。健康。どれもこれも最低値で、こちらも改善が急務だろう。


 これを全部、私がなんとかしないといけないのだ。

 本当なら前領主がやるはずのところを、私が領主として。


 いや難しい。実に難しい。初見プレイならなおさら。考えすぎて頭が破裂しそうになる。

 ああもう、本当に、難しくて難しくて――――。


「――――――た」

「……た?」


 動かない私を見下ろして、村人たちが眉をひそめる様子は見えていない。

 自分の浮かべる表情にも気付いていない。

 ただ吐きだす息が熱を持つ。頬が強張り、口元が歪んでいく。


 動き続ける脳内を、アドレナリンが満たしていく。


「たのし~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」


 この難しさこそが、前世で愛した開拓ゲームというジャンルの醍醐味。

 転生してから早七年。思いがけず巡り合えたこの事態に、私はたまらず声を上げていた。


 村人の視線も見えていない。

 不幸なんてとんでもない。


 ああ、なんて幸運なアレクシス!

 お異母姉ねえ様、意地悪してくれてありがとう!!

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