【小説】裁き

          ―――――


 目が覚めると、おれは独房の中に居た。


「一体何事だ!?」


 おれは目覚めて周囲を見回しながら思わずつぶやいた。それを聞いたのか、どこからか笑い声が響いて来る。


「はっはっはっは。お前は裁きに合うのだ」


 知らない声だ。声の低さから男性かと思われる。おれは独房の鉄格子の外にも誰も居ない中で、そのどこの誰とも知れない声に訊く。


「何の罪でだ?」


「自分の胸に聞いてみろ」


 さっきまでおれは家のベッドで眠っていたはずだ。それなのに今、裁かれようというのか。おれは一体何をしでかしたのか。眠っている間に夢遊病のように何かしでかしたのだろうか。それともそれよりずっと前の罪で裁かれるのだろうか。

 しばらく考えてみても全く見当がつかない。だが、同じ質問を声の主にしても意味はないだろう。

 だからおれは黙って独房の中で自らの罪について向き合うしかなかった。


『ガチャリ』


 突然、鉄格子の扉が開いた。

 

「出ろ、裁判の時間だ」


 やはり誰の姿もなく、声だけが聞こえた。

 おれはその声に従って鉄格子の外に出る。すると、今度は別の扉が誘うように開いた。

 その扉に入ると、たくさんの扉がある無機質な廊下に出た。また、扉が開く。

 おれはまた扉に入る。扉だらけの廊下、扉が開く、扉に入る。扉、扉、扉、扉。

 気の遠くなるほど歩いた後、おれは法廷に到着した。


 法廷は既に超満員であり、通常の裁判の法廷とは異なって傍聴者の席はスタジアムのような様相を呈していた。傍聴者たちは死体のようにおしだまり、おれをじっと見ていた。幾百の目がそこにはあった。

 おれは法廷の真ん中を歩き、被告人の証言台へと立った。

 それと同時に裁判官が槌を叩き、裁判が始まった。


 裁判官の顔はここからでは眩しくて見えない。周囲には弁護人や検事の姿もない。

 

「被告人。有罪。死刑に処する」

 

 その言葉だけが無音の法廷に響いた。

 

「ワァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 傍聴者たちが一斉に立ち上がり歓喜の声をあげた。あるものは感涙し、あるものは拳を強く握り、あるものは手を天に扇いだ。全員が待ち望んでいた裁きであった。

 ほどなくして法廷にゴミや石が投げ込まれた。全ておれに向けたものだった。おれはすぐに無数の投擲物によって血を流し、その場に倒れた。

 体に痛みが走り、動くこともできなかった。

 ただただ、痛みに耐えた。

 腹が痙攣した。

 血がべとべとした。

 やがて投擲は止み、傍聴者も裁判官も全員法廷からすぐに立ち去って行った。

 

「はやく独房に戻れ。ゴミクズ」


 どこからかその声がした。

 おれはよろめきながら立ち上がって法廷を後にした。

 

「法廷を汚しやがって」

 

 出て行くときにそんな愚痴が聞こえた。


 血を滴らせながらおれは無数の扉のある廊下に出てきた。もう道順を覚えてはいなかった。朧げな記憶を頼りに、おれは扉を開いた。


「違うよ、間抜け!」


 どこから声がした。間違った扉だったらしい。だとすると、もうおれは扉を覚えてはいなかった。

 おれは取敢えず別の扉に手を掛けた。


「そんなワケねえだろタコ!」


『ジュッ』


 扉のレバーが熱せられる。おれは手が爛れ火傷を負った。


「ほら、早く戻れよ!」


 おれは声に指示されるままに他の扉のレバーに手を掛ける。そして、また熱によって手を火傷する。それを何度も、何度も繰り返し、全ての扉に手を掛けた後、おれは一番初めの扉に手を掛けた。


『ガチャッ』


 正解の扉は一番初めの扉だった。

 おれはそれから、同じようなことを何回か繰り返して、独房へと戻った。


 独房の鉄格子の中へと入る。


「扉くらい自分で閉めろアホ」


 声の通りに扉を閉めると、勝手に鍵がかかった。


「明日も同じ裁判だ」


 声はそう言った。おれは意味が分からなかったので声に聴いた。


「何故同じ裁判をするんだ? もう有罪と死刑の判決は下されただろう?」


 声はすぐに返ってきた。


「それがお前の死刑だからだ。死ぬまでずっと同じ裁判をする。同じ道を往復する。みんなお前には死んでほしくないからな。死なない程度に長くやりたいんだよ。ほら、早く寝るんだ。寝ている間に身体も元に戻しておかなくちゃあな」


 おれはそれを聞くと、枕も掛布団もないベッドに横になり、眠った。

 

 次の日も、その次の日も、同じことの繰り返しだった。

 おれは何度も何度も裁かれた。

 何度も何度も間違った扉を開かされた。


 だがある日、おれはいつもの裁きを法廷で受ける中で気づいた。

 【傍聴人と裁判官が帰る扉から出られるのではないか?】と。

 おれはいつものように傍聴人たちの投擲に耐え、全員が去った後、すぐに立ち上がって傍聴人席をよじ登った。


「おい何してる? ふざけた事をするな!」

 

 声の制止を無視しておれは傍聴人席の奥にあった出口の扉に手を掛ける。


『ジュッ』


 レバーハンドルが熱を帯びていた。だがおれは構わずに開いた。

 扉の先、廊下を出て、外に出る。そこには広い広い世界が広がっていた。

 白い雲が青い空に浮かんで、風が吹いている。

 誰も居ない。

 風にざわめく木々がある森もある。

 遠く続く平野もある。

 ずっと奥には山もある。

 心地いい場所だった。


 おれはそれを眺めて、感動した。

 空気を鼻から吸い、ゆっくりと吐き出した。

 清浄な空気の匂いが広がった。

 彼方には幸福があるのだろう。

 おれはそう考えた後、振り返って裁判所の中へと戻り、いつもの罰を受けた。


 おれは有罪なのだ。

 その罪の内容をおれは知っていた。

 あの声の主をおれは知っていた。

 この裁判所が何かをおれは知っていた。

 おれは死ぬまで永遠に裁判所で罪を償い続け不幸な一生を送った。

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開店休養中 日記と詩 臆病虚弱 @okubyoukyojaku

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