4/16(月)苦悩

 今日はなんだか早く目が覚めてしまって、特に何かするでもなくぼうっと外を眺めてた。朝日が昇る。絶望の朝日が。


 私は太陽が嫌い。煌めく太陽は万人を温かく照らすようで、その実無慈悲に、そして容赦なく私たちから逃げ場を奪う。


 太陽から逃げるように、闇に近づくように。そう思うのに、

 なのに、今日は外に出なくてはいけない。まだ予約している時間よりはかなり早かったけれど、私はもう家から出ることにした。太陽が全体を鋭く照らす前に、そう思って日傘に日焼け止め、すべてをもって外へ出た。今日も陰鬱な一日が始まる。


 病院に入ると診察開始時刻よりも大分早く着いたからか、人はあまりいなかった。ささっと手続きを終わらせると、明るい大広間に並んでいるこれまた明るい色の椅子に座って時間をつぶす。……潰しているつもりなのに、時計の秒針の進みはいつもよりも遅いようだった。


 あぁ、怖い。怖いとも。だけど、それがどうした?


 私、運は良いんだ。きっと、今回も。


 「かささぎさん、待合室にお入りください。」 


 のそりと立ち上がってドアの前で待つ。心臓の鼓動が早い。


 「鵲 兎花さんですね。どうぞ」








 結論を言うと、誤診ではなかった。


 かくかくしかじかと昨日ネットで仕込んだ情報とそっくり同じようなことをお医者は言っていた。さらに追加するように次の満月、つまり今月末には私は消えてしまうなんてことまで言ってきた。

 ……つまりは、余命宣告だった訳だ。

 ガラガラと昨日積み上げた奇跡が崩れ落ちる音がする。


 知ってたけどね。やっぱり奇跡なんて起きないんだよ。私みたいなのには、特に。


 ふふ、昨日のもし万が一、を壊す様にその人は現実を突き付けてきたみたいだ。


 はは、周りの音が、色が薄れてる。


 私は忘却病。忘却症特有の痣だとかなんだとか、私には分からないけれどそんなものがあったから確実らしい。そう、それはどうやっても取り消せないこと。

 昨日はだからこそ何かしようなんて考えたけど。…何をしようか、何が好きだったか。それなのに今は昨日、簡単に思い出せたことも靄がかかったかのように一瞬思い出せない自分に苛ついた。つまりはこれが、きっとこの先、更に悪化するんだろうな。


 あぁ、そうだ。


 …そしてこれは、相談になるのですが。とその人は私を置き去りにしていることにも気づかないように話を続けてもいた。ただ、その内容が、内容だった。

 「ホスピスに入りませんか。

 …ええ、気持ちが落ち着いてからで勿論かまいませんが。」


 ホスピスに入る。つまりは本当に治す事はできない、と言われてしまったのだ。緩和ケア、つまりはただ苦しみを緩和するだけ。今はそんなことも知っている自分が憎かった。ただ、逆に断ったところで何の意味もないこともわかってる。

 家族に惨めな姿を晒してから一人虚しく消え去るか、緩和ケアを施されて静かに看取られて逝くか。両親、唯一の味方に迷惑をかけるなんて、論外だ。


 鵲 兎花、至って普通の大学生。失恋経験はあるけど、彼氏はいない。身寄りは両親だけ。それなのに、最後の最後まで迷惑をかけるなんて、ダサすぎる。


 「……行かせていただきませんか。」


  吞み込めているかと言われれば、全く。と答えるしかない。こんな状態でも実は心のどこかで夢なんじゃないかと信じてる。でも、今はこれに向き合うしか道がないのなら。


 「ありがとう、ございました。」


 感情を殺して礼を言ってから、外に出る。明るく輝く大広間が目を焼くようで、人が少ないのは心地よいはずなのに私を避けるようで。


 何もかも、憂鬱だ。



 4/16(月)

 病院に呼び出された。でも、本当に治す方法はないらしい。私、いわゆるホスピスに行くんだって。ひどいよね。病院に呼び出すだけ呼び出して、「治すことはできません。」なんてさ。余命宣告なんて初めて受けた。人の気持ちも考えてほしいよ。

 今月末、それが次の満月。そして自分が消える日。悲しいなぁ、……でも、こんなこともいつか考えられなくなるなんて思うと、本当に信じられない。

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明日に消える私をここに(制作中) 三門兵装 @sanmon-3

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