あきらあかつきラブコメ短編置き場
あきらあかつき@10/1『悪役貴族の最強
ペットショップ
最近の俺の趣味は人間観察だ。
というよりか一年前から高校の放課後にペットショップでアルバイトをするようになった結果、人間観察をすることを強制されている。
いや、別に強制されているわけでもないか……。
なんというかこのペットショップは少なくとも俺が働くようになってからずっと閑散としている。
ここは高校からは近いが駅から近いというわけではないし、路地の奥まったところに存在しているせいで人目にもつかない最低な立地である。
ってか駅前のモールにもっとデカいペットショップあるし……。
別に品揃えが良いわけでもなく、特に値段が安いというわけでもないこんなペットショップに来る理由が客にはないのだ。
が、今のところ潰れそうな気配はないし、一応は俺みたいなアルバイトを雇うお金もあるようだ。
お金のことはよくわからないが、オーナーのおっちゃんもそれなりに良い物を食ってるのか中年太りしているし、お金の問題はないように見える。
まあ、俺とすれば給料さえ払ってくれれば楽な方が良いのだけれど。
ということでこのひと気のないペットショップで働いている俺は、毎日決められた作業をやり終えると仕事が終わるまでただただ暇な時間が続く。
そんなときは基本空想をしてただ時間が流れるのを待っているのだが、たまにお客さんがやってくると彼らをひたすら観察するのが良い暇つぶしになっていた。
でもこんな閑古鳥の鳴く店にも一応は常連客は存在する。
あいつがうちの常連客になったのはなんだかんだで半年ぐらい前の出来事だったっけか?
「きゃあかわいいっ!! ねえねえ見て見て。この子アメリカンショートヘアなんだってっ!! 可愛いよねぇ~」
うちには立地的な理由からよく自分の通っている高校の生徒がやってくる。
と言っても高校生にペットを買うほどの経済力はないため、ほとんどが冷やかしで、精々家族で飼っているペットの餌を買いに来るぐらいなのだけど……。
その日は俺のクラスのギャルグループが数名冷やかしにやってきた。
彼女たちはケージに入った子猫や子犬を眺めながら「あの子が可愛い」「この子も可愛い」などなど動物園気分で動物たちを眺めていた。
まあそんなことはよくあることで、俺は特に気にも留めていなかったのだけれど。
暇だったのでそんな彼女たちの会話を盗み聞きしていると、ギャルグループの中の一人が俺の元へと歩み寄ってきた。
「ねえ
彼女はなにやら仏頂面のまま俺の元へとやってくると俺の名を呼ぶ。
どうやらこいつは俺の名前を覚えているようだ。一応同じクラスではあるけど、ほぼ一度も会話をしたことがなかったので名前を覚えられているのは意外だった。
「ってか、あんた私のこと知ってる? 同じクラスの
「え? まあ、一応は……」
下の名前までは覚えていなかったけど。
「で、何か用か?」
「だいたい何年ぐらい生きるの?」
「はあ?」
「あれ……」
と、そこで生田はわずかに頬を上気させると、後ろを振り返って近くにあるケージを指さした。
「ん? チンチラか?」
彼女が指さしたのはチンチラだった。チンチラとはげっ歯類の大きめのネズミのような動物でケージ内ではねずみ色のそいつはふわふわの尻尾を振りながら狭いケージ内を駆け回っている。
「そ、そう……。で、何年ぐらい生きるの?」
「え? え~と確か一〇年以上生きるはずだけど」
「そう……チンチラを飼うのにどれぐらいのお金がかかるの?」
「はあ?」
「いいから答えてよ」
と、相変わらず仏頂面で尋ねてくる生田に俺は、以前同じような質問をされたときに調べた情報を答える。
「まあ、ざっとそれぐらいかな。不足の事態を考えるともう少し余裕があった方がいいと思うけれど」
「そう……ありがと」
俺から一通り聞き終えた彼女はギャルグループの元へと戻っていって、また友人たちとあの猫が可愛いこの犬が可愛いとはしゃいでいた。
彼女がこの店に通うようになったのはそれからのことである。
その日から彼女は週に一回ほどこの店に顔を見せるようになった。
「今日もまだいる?」
「いるけど」
「今日は?」
「いるよ」
「今日もいる?」
「いや、こんな閑散とした店でそうそう売れないから安心しろ」
それから彼女はいつも店にやってきてはチンチラをしばらく眺めて「じゃあ帰る」と言い残して店を後にするのだ。
初めのうちは俺も生田もほとんど会話を交わさなかったが、次第にちょくちょくと会話を交わすようになって今ではフランクに会話をするような仲になった。
まあ友達かと言えばそれは微妙なところで、学校で同じ教室にいても会話を交わすことなんてほとんどないし、お互いの連絡先も知らない。
あくまでペットショップ内で会話を交わすだけの仲である。
が、彼女の思惑について色々とわかるようになった。
なんでも彼女は俺にチンチラのことについて色々と聞いてきた次の日からアルバイトを始めたこと、そのお金を地道に貯金していつかはチンチラをお迎えをしようとしていること、チンチラを責任を持って飼うために多めにお金を貯金していること等々。
どうやら彼女は本気でチンチラを購入するつもりらしい。
彼女と会話をするようになって俺にはもう一つわかったことがあった。
それは彼女が意外と真面目な人間だということだ。
ある日の会話。
「なあ、そろそろ買ってもいいんじゃないのか? その後の費用はまたアルバイトをして貯めればいいじゃん」
「ダメ。命を買うってことはそれだけの責任が求められるの。スン君が幸せになるためにはしっかりとお金を貯めて、もし病気をしてもすぐに対応できるようにしておかないと……」
あ、ちなみにスン君というのは生田が勝手につけているチンチラの名前である。なんでも好きな韓流アイドルと同じ名前なのだという。
なんか安直じゃねえか? と、思わないでもないが本人がそれで満足しているのであれば俺がとやかく言うことでもないので黙っている。
彼女は店にやってくるたびに「まだいる?」と尋ねてからケージへと歩いて行きチモシーと呼ばれる草を食べるスン君と会話をするのである。
「スン君、もう少しでお迎えするから待っててね」
「クスクスっ……スン君、そんなにその草が美味しいの? 私も今度食べてみようかなぁ……」
などなどチンチラになにかを話しかけてはケージを指先でツンツンしたりして満足すると家に帰っていくという日常を過ごしてる。
彼女曰く来月の給料が出ればチンチラを買うことができるようになるらしい。
「ねえ、それまでに売れないよね?」
と、少し不安げな彼女に「それは保証できないな」と答える俺。
「ま、まあそうか……」
まあ、多くの客はペットを子どもの頃から飼いたがるし、正直なところ生後半年以上経った成体を好き好んで購入する客は少ない。
それ以前にそもそもうちみたいな店でペットが売れること自体珍しい。
まず間違いなく彼女が給料を受け取る日までこいつはこの店にいるだろう。
そう思っていた……のだが。
「わぁ~可愛い。ママ、私、この子にする~」
それは彼女が給料を受け取ると言っていた日のことだった。
いつものように放課後、ペットショップへとやってきた俺は珍しく客がいることに驚きつつも荷物を置きに控え室へと歩いていたのだが、ふとチンチラのゲージの前で足が止まった。
その理由は、とある親子の客が興味深げにチンチラのゲージを眺めていたからだ。
チンチラに夢中の女の子と、店主からチンチラについて色々とレクチャーを受ける母親。そんな姿をしばらく眺めつつも控え室に入り、着替えを済ませてからフロアへと出てきた……のだが。
「ありがとうございました~」
フロアに出ると同時に元気よく客に挨拶をする店主と、チンチラの入ったケージを持って店を出て行く親子の姿が目に入る。
「チーくん、私ミサだよ。今日から家族だよ。よろしくね」
と嬉しそうにチンチラに話しかける少女の姿が印象的だった。
「あ、あれ? 売れたんですか?」
客を見送り店内に戻ってきた店主に尋ねると、店主は俺にグーサインをする。
「売れたよ。なんでもあの子の父親が単身赴任になったから、寂しい思いをさせないようにペットを飼うことにしたらしい」
「そ、そうですか……」
「一番高いケージも買ってくれたし、餌もたんまり買ってくれた。いや~ほんと良いお客さんだ」
どうやら店主は売れ残りのペットが売れたのがよっぽど嬉しかったようで鼻歌を歌いながら店の奥に引っ込んでいく。
そして、生田が店にやってきたのは店主が帰った一〇分ほど後のことだった。
いつものようにギャルギャルしい格好をした生田は、足早に店内に入ってくる。その手にはたった今下ろしてきたのであろう銀行の封筒が握られていた。
彼女はまっすぐカウンターまで歩いてくると封筒をカウンターの上に置く。
「スン君を迎えに来た。それからチモシーとこの店で一番大きいケージが欲しいの」
なんて言ってくる生田に俺はなんて答えればいいのかわからなかった。
まあ、これまで散々チンチラを可愛がってお迎えの日を指折り数えていたしな。別に友達ではないと言ったが、彼女のそんな姿を見ているとなかなかに心苦しい。
「…………」
「聞こえなかった? スン君を迎えに来たの」
が、事情を知らない生田は再度俺にそう言った。が、俺がなにも答えられないでいると彼女はなにかを察したように目を見開くと、慌てて後ろを振り返ってチンチラのケージを見やった。
当然ながらそこにはチンチラの姿がない。
「え?」
「ついさっき売れたんだよ。お前の気持ちもわかるけど、先に欲しいって人がいれば店としては売らないわけにはいかないしな」
「…………」
生田は俺の言葉に何も答えず力なくさっきまでチンチラのいたケージの方へと歩いて行く。
そしてがっくりとうな垂れた。
「す、スン君……」
なんだろう……いたたまれない……。
かといって俺に彼女を元気づけられるほどの気の利いた言葉も見つからず、ただそばに立って彼女の精神が回復するのを待つことしかできなかった。
しばらくケージに残ったチンチラのフンと食べ残されたチモシーを眺めていた生田だったが「ねぇ……」と俺に声をかけてくる。
「どうした?」
「どんな人がスン君のことお迎えに来たの?」
「え? お母さんと小さな女の子の親子だったぞ。なんでもお父さんが単身赴任で子どもが寂しい思いをするからって買ったらしい」
「そっか……」
と、一言、生田はまたしばらくケージを眺めていたが、不意に顔を上げると俺を見やってわずかに笑みを浮かべた。そんな生田の瞳はわずかに涙で潤んでいる。
「スン君、いい人にお迎えしてもらえたようでよかったね」
「そうだな」
「きっとスン君には幸せな人生が待ってると思う」
「そうだな」
まるで自分に言い聞かせるように彼女はそう言うとうんと頷いた。
そして、
「じゃあ私、帰るね」
そう言って彼女はもうチンチラのいないこのペットショップから出て行こうとした……のだが。
通路を歩いていた生田が唐突に足を止めた。
ん? どうかしたのか?
彼女はその場に立ったまま微動だにしない。不審に思った俺は彼女の元へと歩み寄る。
「どうかしたのか?」
「…………」
そう尋ねてみるが、彼女はなにも答えない。と、そこで俺は気がついた。彼女の視線の先にハムスターのケージがあることに。
ケージを見やる。そこでは数匹のジャンガリアンハムスターが元気よく歩き回っているのだが、その中で一匹ひまわりの種を掴んだまま生田を一心に見つめる奴がいた。
そして生田もまたそんなひまわりの種を掴んだハムスターを一心に眺めている。
あ、これは……相思相愛……。
しばらくハムスターを眺めながら硬直していた生田だったが、不意に俺の方を見やると首を傾げた。
「ハムスターを飼うためにはどれぐらいのお金が必要?」
その日、運命の出会いを果たした生田はハムスターをお迎えして、彼にスン君2号という名前を付けたらしい。
それから生田はことあるごとに俺にスマホを見せてくれスン君2号の成長を見せてくれるようになった。
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