第十歩 迎える試験、そして開放

 迎えてしまった。


 心のもやが晴れぬまま、この日を。

 心境は語るまでも無いだろう。のことが今この瞬間にも、頭の片隅をひたすらにかすり続けている。


 でも、今更起こったことを思い返しても仕方がないのは分かってる。

 どうせ、彼みたいな優等生が他人を気にすることなんてあるはずないと、勝手に解釈することで保身を図る。


「はぁぁぁ………」


「うおっ……どうしたぁ、かなでさん。珍しいじゃあないですか、ため息なんて」


「別にため息の一つや二つぐらい、その日の気分によって変わりますよっ」


「本当にどうしたん?なんか、悩みでもあるんか?話聞こか?」


 そうやって私を茶化すのは、机に突っ伏している私の頭上から、長い髪を垂らして話しかける杏奈である。


「元気出せよー、試験始まるぞー」


「うぁ……それを言わないでおくれ……」


「現実とは、いつも酷なものさ……私はだるいから寝るけどねえ」


「……とか言って、いつも全教科高得点出してるじゃん」


「にゃはははは」


 彼女は常にだるそうな雰囲気を醸し出しているのにも関わらず、私よりも成績はずっと上をいく存在なのだ。憎たらしいけど、それが実力の差なので何も言えない。


 それでも、彼女とは何故か気が合うし、勉強を教えてもらっている立場でもあるので、これからも友好関係を築いていきたい人物でもある。


「まっ、やって来たこと全部ぶつければそこそこ点数取れるからさ」


「そうかなぁ……」


「気張っていけ!」


「はいっ!」


 そんな他愛もないやり取りでさえ、私のメンタルは大分落ち着きを取り戻していた。

 そうだ、今は彼のことなんて考えなくて良い。ただ、目の前のやるべきことだけに集中すれば、それで良いのだ。



=====



 高校のテストって、やっぱ難しいんだねー。


 そう実感させられたのは、やはり『数学』であった。

 『算数』をやっていた小学生時代に戻りたいと、心からそう願う。

 文字多すぎるし、何聞かれてるか理由もわからないし。


 そんな状態ではあったものの、彼が教えてくれたことだけは、確かに私の試験に実を結んだ。

 そこに憤りを感じないといえば嘘になるが、それでも彼には感謝を述べたい。


 いつもより掴めた手応え。他の教科も特段悪い結果にはならないだろう。

 これならお母さんにも怒られない……はず。


「あー、終わったー!」


 誰しもが内心で思っている言葉をそのまま代弁したのが、桃花だった。


「眠い……」


 あいも変わらずマイペースを貫き通す杏奈は、どうせ今回も成績上位に乗るのだろう。こっちは分かってるんだぞ。


 試験終わりの放課後、各々のグループで集結するクラスメート達の顔には、それはもう誰にでも読める字で『開放された』と書かれていた。


「テスト終わったし、これから夏休みかー」


 桃花が、それを待ち望んでいたかのようにその言葉を口にする。


「夏休み……ふっふっふっふ。『事件』の予感がするぜ……」


「杏奈、また変なこと考えてるんでしょ、お見通しだよ」


「俺の鼻に狂いは無い。良いかお前ら、この俺に任せておけば退屈なんてさせねーぜ?」


 杏奈の謎の先輩面に桃花が制裁を加える。


「はいはい、中学の時みたいにまた一緒にどこか遊びに行こうねえ」


「なッッ!そんな生半可な覚悟してたら死ぬぞ、お前ら……!?」


 少し傾き気味の太陽が、私達の空間に光を満たしている。

 そうだ。私達の夏は、これからなのだ。


「んで、かなでさん……夏は、『彼氏』などと予定はお有りで?」


「えっ、はっ……!?居ないよ、そんな人!」


「またまたぁ……、俺の目に狂いは無いんだぜ?」


「さっき『鼻』って言ったじゃん……」


「細けぇことは良いのさ。教えてくれよ?」


「ちょっ……杏奈、なんかテンションおかしいよ」


「しゃーないだろ!?こうでもしてないと、夏を迎える準備が出来ないんだから!」


「ついに言う事までおかしくなっちゃった……」


 ツッコミを入れる桃花に、杏奈はその場に崩れ落ちて撃沈する。

 よっぽど勉強してたんだろうな。と、私と桃花は顔を見合わせる。


「杏奈、遊びまくるのも良いけど、ちゃんと『宿題』も終わらせないとダメだよ」


 桃花の容赦の無い一撃で、彼女は完全にトドメを刺されてしまった。


「明日の授業、全部欠席してやるからな……」


「それは駄目でしょ……」


「うるせぇ!俺の道を遮る奴らは、誰であろうとぶっ飛ばす!」


 完全に糸の切れた、というよりもコントロールの効かなくなった彼女はその場で腕をグルグルしただけで、どこにも殺傷的要素は見つからなかった。


「「可愛い……」」


 二人揃ってハモる。

 守りたい、この少女。


 私達よりも一回り小さな彼女を、一生守り続けると誓った。



 ──しかし、問題は「赤井君」の方だ。


 一応、勉強を教えてもらった借りというものがある。

 お礼くらいはきちんと言わなきゃ駄目だと思う。


 以降、一度も言葉を交わしていないから話す機会が無かったが、試験の終わった今なら言えるはず……。



 そんな軽薄な希望を胸に、彼と対峙することに後悔をするとは思いもしなかった。

 少なくとも、今この時までは。

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どんかんすぎなたちばなさん Yuupy(ゆっぴー) @YuppyTV

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