第33話

 七日にわたって開催された新人冒険者を対象とするダンジョンイベント〝登竜門〟は、ついに新たなユニークスキルホルダーを誕生させた。並びに同日深夜、大好評(?)のうちに幕を閉じた。


 そして時は移り、翌日の夕刻。

 本年度のゴールデンウィークも残りわずかとなったその日、『JPタウン』内の某喫茶店にとある男の姿があった。


 年齢は三十代半ばで、甘めの顔立ちに少し長めの金髪がやたらお似合いだ。すらっとした体躯を包むスーツは、ひと目見てわかるほどの高級品――そう、彼こそはゲームマスター。多元宇宙の航行者たる『異人』にして、ダンジョンの創造主。


 落ち着きのあるダークブラウンを基調とした内装と、趣深いアンティーク調の家具が調和する店内。

 その窓際の柔らかな光の照らす特等席で、彼は場違いにも「うひひ」や「けきき」といった奇妙な笑いをあげていた。


 視線は手元のタブレット端末に向けられており、画面では先の『幽骨の試練』で繰り広げられた激闘が再生中――それは、青き骸骨戦士に決死の覚悟で挑む男女二人の物語。


 例のごとく、ゲームマスターの姿を認めた時点で他の客は一人も残らず退散しており、クラシックBGMの流れる静かな店内には場違いな奇声がくり返し響いていた。

 店主にとっては疫病神も同然。されど文句を言おうものなら、どのような厄介事に巻き込まれるかわかったものではない。まさに触らぬ神に祟りなし、といった有様だ。


 しかし珍しくそこへ、かつかつかつ、と。

 軽快にブーツのかかとを鳴らし、迷惑な客のもとへ歩む男があらわれる。

 テーブルに影が落ちる。ゲームマスターが視線をあげると、見知った冒険者の顔があった。


「おや、奇遇だね。キミもコーヒーかい?」


「こんばんは、ゲームマスター。ここにいるとSNSで情報が拡散されていたのを見て、無礼を承知で押しかけてしまいました」


「いや、嬉しいよ。ワタシに逢いたがる人間は滅多にいないからね。それがあのダンジョン中毒の『無雲彰志』ともなれば、喜びもひとしおってものさ」


 来訪者の歳は三十代前半。背は高くもなく低くもなく、いわゆる標準型。だがその肉体をみれば、只者でないことは明らか。穏やかな佇まいとは相反する荒々しい生命エネルギーに満ち満ちている。


 容貌も優れている。清潔感のある黒のミディアムヘアに、涼しげな顔立ちが印象的なイケメンだ。そんな彼の名は、無雲彰志――有名クラン〝エンデバー〟のマスターにして、トップ冒険者のひとり。


「お邪魔しといてこんなこと言うのもなんですが、貴方はもう少し日頃の行いを改めたほういい。きっと友達の一人もできると思いますよ」


「ははは、これは辛辣だ。というか無雲くん、キミも友達すくないでしょうに。まあいい、座りたまえよ。ワタシに用事があって来たのだろう」


「では、失礼して」


 来訪者は堂々と対面の席へすわり、店主にアメリカーノを注文する。それから改めて、ゲームマスターの手元にあるタブレットへ関心を向けた。


「ご覧になっている動画は、もしや〝登竜門〟の?」


「おお、よくわかったねえ。キミも見てみるといいよ、面白いから」


 タブレットが手渡され、画面もくるりと反転する。

 たとえそこに『青き骸骨戦士と男女二人の戦闘シーン』が映し出されていたとしても、無雲彰志は驚かない。


 ダンジョンにおける冒険者の活動は、『異人』由来の超高度テクノロジーによってすべて記録されていることを知っているからだ。


「この風宮凛さんと一緒に戦っている盾持ちの少年が、貴方の見出したという新人冒険者ですか?」


「ん? ああ、そうそう。彼が『夜月くん』だ」


 訊ねられ、そういえば目の前の男と賭けをしていたような気がする、とゲームマスターは自身の出演したテレビ番組のことを今更ながらに思いだす。


「動画を見るほど気に入られるとは、幸運なのか不運なのか判断に迷うところですね」


「ラッキーに決まっているだろ。夜月くんはね、ワタシの友人の忘れ形見なんだ。それが思いもよらぬ才能を秘めていたみたいでさ。あれだ、鳶が鷹を生んだってやつかな」


「貴方にも友人がいたのですね、失礼しました……それにしても、ずいぶん無茶をする少年だ。冒険者は大なり小なり『頭のネジが緩んでいる』なんて言われますけど、この子は完全にネジが飛んでいるタイプですね。紙一重のタイミングで仲間をかばうなんて普通はできませんよ」


 勇気ではなく無鉄砲、そう無雲彰志は論じる。どうやら好みのタレントではなかったようだ。

 対する『異人』の男は、恐怖なんて感情を持ち合わせていない。ゆえに蛮勇を発揮することのデメリットなど預かり知らぬ話であり、価値ある資質の一つとして数えている。


 そこでカタリと、テーブルに注文した飲み物が置かれる。

 店主の運んできソーサーとカップを手元に引き寄せ、ホットアメリカーノを一口含むや「うん」と頷く無雲彰志。こちらは好みにあったらしい。


「それと私の所感ですが、隠しボスにスパルトイはちょっとハードな気がします。今回のイベントでもずいぶん多くの新人がニアデスしたそうじゃないですか」


 131人――〝登竜門〟で発生した、ニアデス者の総計である。

 内訳は、48人が『骸骨迷宮』の攻略中に命を落とし、残り83人がスパルトイの手にかかったとされている。

 これはイベント終了後、ほとんど間を置かずにダンジョン・シークで公開された情報だ。負傷者は生還さえすれば病院で完治可能なためカウントされていない。


「あっはっは、思ったより死んだねえ。かなり優しく設定したんだけどなあ。近ごろの新人はデキが悪い。ていうか無雲くん、キミは後進を導く立場でしょ? どうにかしてよ」


「……お言葉ですが、《咆哮》対策もろくにできない新人にスパルトイをぶつける方がどうかしています」


「いやいや。きちんと対策済みの者もいたよ、ちょっとだけど。こっちはさ、その対策済みの新人が即席パーティを結成して試練を突破することを想定していたのだよ」


 スパルトイはステータスを大幅に低下されられおり、その咆哮への対策もぐんと容易になっていた。

 実際、夜月をはじめスタン効果を受けない冒険者は複数いた。そして行動可能な者たちがその場でパーティを組んでスパルトイを打倒する、というのがゲームマスターの書いたシナリオである。タンクの夜月が中心となれば尚良し。


「他にも、難度を大きく下げるための『とあるギミック』を導入していた。新人たちが不甲斐ないせいでほとんどムダになってしまったがね」


「ギミックですか……いったいどんな?」


 無雲彰志は目を細め、したり顔で語るゲームマスターに問う。

 答えが提示されたのは、たっぷり10秒後のことだった。


「実は、ユニークスキル獲得の可能性を宿す者にだけ『予兆』を与えていたのさ」


 優れた資質を有する場合にかぎり、『骸骨迷宮』へ足を踏みいれてすぐ特別な力の芽吹きを体感できるようになっていた。それは急激な五感の強化、特異な観察力や洞察力の発現、スキル効果の向上、有する技量の上昇、等々カタチは様々。


 判断は骸骨迷宮を司る『ダンジョンシステム』に依存し、卓越した才能を秘める新人冒険者は総じて未知の感覚を抱いていた。

 つまり夜月の身におきた動体視力の覚醒は、輝かしき未来への兆しともいえる。


「ですがこのタンクの少年、スパルトイとの戦闘中に突然動きが良くなっている。予兆なんて言葉では説明がつかないレベルで……きっと何かによってもたらされた変化に違いない。例えば、そう――ユニークスキルを獲得した、などの」


「さすがは無雲くん、素晴らしい慧眼をお持ちだ。ご明察のとおり、スパルトイの討伐なんてただの結果でしかない。ダンジョンシステムにより、二人の示す可能性が『幽骨の試練を凌駕した』と判定された時点でユニークスキルに開眼していたのさ」


 ユニークスキルの獲得条件は、『レイドボスの討伐』ではなく『試練を乗り越える』ことだった。そして夜月と凛は、スパルトイの片腕を切り落とす段階で〝試練を乗りこえた〟と判定され、ユニークスキル獲得の条件を達成していたのである。

 これにより予兆は確固たる力に進化し、二人をスパルトイ討伐へと導いた。


「なるほど、戦いの中で新たな力に覚醒したわけですか。タンクの少年がスパルトイの剣を弾き、風宮さんが止めの斬撃を見舞う場面は実に見応えがある。間違いなく、二人ともステータス以上の力を発揮していますね。これまでの『報酬型』とは異なり、ドラマチックでとても良い趣向だと思います」


「そうだろう、そうだろう。最近になってようやく導入できたシステムでね。苦境からの大逆転は、いつだってこのワタシを魅了してやまない」


 語れて満足したのか、ゲームマスターは上機嫌だ。

 先ほど語ったように、スパルトイ討伐の難度はタンクと四人ほどのアタッカーが協力してどうにかなる程度を想定していた。


 しかし結果は、自身の予想を超えるものだった。夜月と凛の資質ありきの結末ではあるが、我ながら素晴らしプロデュース力、と自画自賛である。


「ところで彼、酷く叩かれていますけどよろしいので?」


 無雲彰志はアメリカーノに口をつけ、ふとわいた疑問を投げかける。

 現在SNSなどを中心に、ユニークスキルを獲得した盾職の少年へ対するバッシングが相次いでいる……いや、そんな生易しいものではなく、もはやネットリンチ状態だ。


 スキル泥棒、簒奪者、寄生虫、などなど罵詈雑言の嵐。

 発端は、案のじょう昨夜のダンジョン・シーク。注目トピックに、試練を突破した新人冒険者に関する情報が掲載されていた。ご丁寧に夜月と凛、二人の画像つきで。


 意地が悪いのは、静止画のみ公開されているという点だ。動画が公開されていれば、夜月の献身ぶりを多くの者が知ったはずなのに。


 だが現実は、多大な犠牲者をだした〝登竜門〟において『タンクごときがユニークスキルを獲得した』と周知され、たちまち世間的な悪役へと祭り上げられてしまったのである。

 もちろんすべてゲームマスターの仕業だ。


「ふははは、なんだか面白いことになっているね。でも、これは夜月くんが乗り越えるべき試練の一つだ。ワタシは温かく見守るだけさ」


「……これだから、貴方の好感度はマイナスなのですよ」


 記事を掲載した張本人のくせに呑気なものだ、と無雲彰志はあきれ顔。

 それからまた話題は移り変わる。示し合わせたようにお互いカップに口をつけ、たっぷりコーヒーのコクと風味を味わった後に。

 カチャリ、とソーサーが音をたてる。


「さて、そろそろ本題に入るとしましょう。ゲームマスター、『賭け』の件は覚えていますか? テレビ番組で共演した際に成立したものです」


「もちろんだとも。あの日から片時も忘れはしなかったよ」


 まったくの嘘である。が、テキトーに返事をするのは当人にとっていつものこと。相手も承知の上らしく、ツッコミ役不在のまま話は進む。


「でしたら、賭けは『私の勝ち』ということでご納得いただけますね」


「え、なんでさ!?」


 勢いよくテーブルに身を乗り出すゲームマスター。その頭を片手で迷惑そうに押し返しつつ無雲彰志は根拠を示す。


「例の番組で、ゲームマスターは『自身の贔屓がユニークスキルを獲得する』とおっしゃいました。しかし結果は、風宮凛さんも同時に獲得している。要するに予想を外したわけです」


「確かにそうだけど、それだけじゃあワタシの負けにはちょっと弱くないかい?」


「いいえ、負けは負けです。あの時、私はどちらとも明言していません。つまり、貴方が独り相撲をして勝手に土俵からころげ落ちた、という形になりますね」


「うわあ、こじつけがヒドイ!」


「おや。ダンジョンの創造主ともあろうものが、まさか吐いた唾を飲みこむと? まったく貴方らしくない」


 ぐぬぬ、と唸るゲームマスター。

 自身は『異人』だ。ルールにとらわれず、自由奔放な行いが許される。ゆえに、人間との賭けを反故にするなんてわけない。

 しかし珍しいことに、ダンジョン狂い無雲彰志が執着している。とても興味をそそられる反応だった。


「ちょっと図々しいなあ……まあいい、話くらいは聞いておこうか。じゃあ無雲くん、賭けに勝ったキミはいったい何を望む?」


「賭けの勝者には報酬を与えるのが人の世の習わし――ならば、この私にもユニークスキル獲得の機会をいただきたい」


 意外でもなんでもない返答だった。

 この男は、どこまで行っても無雲彰志なのだ。たわいもない賭けを持ち出してきたかと思えば、結局はこれである。誰よりも多くの時間を費やしているにもかかわらず、アタマの中にはダンジョンのことしか詰まってないらしい。


「でもキミ、もう一つ持っているじゃないの」


 そう、無雲彰志はすでにユニークスキルホルダーである。その力を万全に発揮することで現在の地位まで登りつめたのだ。


「ええ。けれど、別に二つ持っていても困るものじゃあないでしょう?」


「おやおや、さっきのセリフをそのまま返そう。控えめな無雲くんらしくもない……もしかしてキミ、頂点の景色でも見たくなったのかい?」


 低迷の続く日本ダンジョン界にも、巨星のごとく強い輝きを放つ冒険者は複数存在する。研鑽を重ね、人生を捧げ、今やトップ層に名を連ねる無雲彰志をもってしても敵わない本物の『天才』たちが。

 だがしかし、ユニークスキルを二つ所持したとなればどうだ?


「頂点など恐れ多い。ですが、そこへ至るための『努力』をしたい」


「面白いことを考えるね。でもそういうことだったら、ワタシも前向きに検討させてもらうよ」


「ええ、ぜひお願いします」


 果たして、これは偶然なのだろうか? 

 聖夜月という盾を持った少年の登場と共に、時代の動きだす音が聞こえ始めた。


「ふふふ、楽しくなりそうじゃないか」


 この先に訪れる変化を夢想し、ゲームマスターは笑みを深めた。

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現代ダンジョンの聖騎士~不遇の盾職(タンク)が日本一の冒険者を目指す物語~ 木ノ花 @kto-1412

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