第32話

「もう凛、危ないことばっかりして!」


「わっ!? ふふっ、心配かけてごめんなさい」


 勝利の余韻に浸っていると、泣き笑いのような表情の美和さんが飛びついていった。もちろん僕にではなく、凛に向かって。

 その後ろからは残すパーティメンバーの番野と彦根が、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってきている。


「二人ともおつかれ~! マジすごかった。これぞ冒険者って感じで、本気で感動しちゃったよ!」


 彦根は興奮した口調で僕らを称賛する。けれど、すぐにバツが悪そうな顔をして「まったく役に立たなくてごめん」と手を合わせた。


「俺こそ偉そうなことをほざいておきながら、ただ見ていることしか出来なかった……本当にすまない」


 続く番野も同様に気落ちした様子である。

 二人が落胆するのも無理はない。パーティメンバーとして凛に助力できなかったとなれば、どうしたって忸怩たる感情を抱かざるをえない。


 しかし僕としては率直に、『今回は仕方がなかった』という思いである。スパルトイの放つ《咆哮》への対策を持ち合わせていなかった以上、彼らにはほぼノーチャンスだった。


 格上のモンスターと戦うことを想定し、きちんと耐性アイテムを装備していた凛は流石という他ないが、僕なんてたまたまタンク志望だったからステータスの恩恵によって抵抗できたにすぎない。

 要するに、『幽骨の試練』を初見殺し仕様に設定したゲームマスターが悪い。


「ところで二人とも、怪我は大丈夫なの? 特に夜月はだいぶやられていたように見えたけど」


 彦根の気持ちを切り替えるような問を受け、僕は改めて己の体調へ意識が向く。

 スパルトイの攻撃を受けとめ続けた左腕は骨の髄からしんしんと痛み、他にも打撲や切り傷多数。なにより疲労困憊の全身は泥に浸かったみたいに重い。

 自身の状態の悪さを理解したとたん、思わずその場にへたり込む。


「ちょっと大丈夫じゃないかも……体中痛いし、もう疲れてへとへとって感じ」


「だろうな。幸い帰りはこのフロアから転移装置が使えるみたいだから、ダンジョンを出たら『病院』に直行だな」


 番野の指さすフロア最奥には、いつの間か転移装置が存在していた。

 不思議に思ってたずねると、スパルトイを討伐した直後にこつ然と現れたと教えてくれた。どんな仕掛けかは知らないが、おかげで帰りは楽ができそうだ。


 ちなみにここで言う『病院』とは、冒険者専用の治療施設をさす。無論タダという甘い話はなく、処置に応じた治療費を『DP』で支払う必要がある。回復系スキル以上の劇的な回復をみこめるが、効果はアバターにのみに限定され、現実の肉体にはなんら影響を及ぼさない点には注意が必要だ。

 と、そこで。


「すまない、ちょっといいだろうか」


 僕らの会話が一段落したところで、面識のないパーティの男性メンバーが近寄って声をかけてきた。それに対し、「ああ」と番野が警戒を強めながらも代表して応じる。


「スパルトイの姿が見当たらないってことは、やっぱりカザリンが討伐したのかな?」


「倒したと言えばそうだが、凛だけの手柄じゃない。そこのタンクと共闘の成果だ。あんたらは戦闘を見ていなかったのか?」


「ああ。情けない話だけど、俺たちのパーティは上の階層まで逃げ出して……それで少し冷静になって様子を見に戻ろうとしたんだ。でもフロア入り口を『霧の障壁』が閉じていて、中に戻るどころかのぞくこともできなかったよ」


 話によると、スパルトイの虐殺を恐れ最下層フロアから逃亡した冒険者たちは、霧の障壁に阻まれ戻ってくることができなかったそうだ。しまいには戦況の確認すらできず、大半のパーティが諦めてそのまま帰還したという。


「道理で誰も戻ってこないわけだ。まあスパルトイはこのとおりウチのメンバーが片付けたから、このイベントもほとんど終わりみたいなものだな」


「そっか。流石カザリン、討伐おめでとう。じゃあ、俺たちは一足先に帰るよ。悪いけど転移装置をつかわせてもらうね」


 番野が改めてスパルトイを倒したと伝えたら、声をかけてきた男たちは凛だけを称賛してから去っていった。


 僕も貢献したんだけどな……ちょっとモヤモヤした気分になりつつ、見送りがてら転移装置の方へ顔をむけた。

 目を引いたのは、数少ない『幽骨の試練』を生き延びた新人冒険者たちの姿。ほとんどが重症で、かろうじて歩ける仲間に肩を借りるか、抱き上げられるかして帰途についている。


「私たちもそろそろ帰りましょう。夜月くんを早く病院へ連れて行ってあげないと」


「そうしてもらえると助かる」


 どうにか自力で歩けるので手間をかけることもないが、ここであっさりお別れというのも味気ない。なので凛の指示に従い、僕はボロボロの身体にむち打って『骸骨迷宮』から帰還すべく立ちあがる――と同時に、バキリ、ガラガラ、と悲惨な音を立て左腕の円盾が崩壊した。


 おい、嘘だろ……この盾、これでも百万円以上するんだぞ?

 あまりのショックに僕は呆然と立ち尽くす。


「あれだけスパルトイの攻撃を受け止めたんだもの。立派な最期ね」


 弔ってあげなきゃ、なんて凛は朗らかにいう……いや、こちらとしてはまったく笑えない。

 たしかに今回のイベントダンジョン攻略でそれなりの『DP』を稼いだが、新しい盾を買おうと思ったらぜんぜん足らない。余裕で一桁は足りない。


 しかも病院での治療費の支払いまで確定している。どう考えても、僕の今後の冒険者活動に支障がある。


「次はもっと頑丈なものを買えよ。新人向けの盾なんかじゃあお前の実力には釣り合わないだろ」


 番野、そんな簡単に言わないでくれ……褒められてつい頬が緩みそうになるけれども。

 とはいえ覆水盆に返らず、グダグダ言っても壊れた盾はなおらない。とりあえず砕けた残骸をバックパックに放り込み、僕はパーティの最後尾についてイベントダンジョンを後にする。


 歩きだしてすぐ、彦根が重さをましたバックパックをかわりに持ってくれた。さりげない優しさに感謝である。


「まっぶし……」


 戻りは転移装置を利用し、『骸骨迷宮』の最下層から1階層までワープする。

 階段をのぼって完全にダンジョンを脱した途端、頭上から燦々とふりそそぐ日差しに目がくらむ。


 付近には新人以外にも多くの冒険者の姿があった。おおかた『幽骨の試練』がクリアされたと聞いて集まった暇人どもだろう。

 ご苦労なことだ。どうせ結果は後ほど、ゲームマスターからダンジョン・シークなどのメディア経由で公開されるだろうに。


 わざわざ野次馬を相手にする必要もない。凛の先導のもとダンジョンモニュメントに背をむけ歩きだす。もっとも目当ての施設は『大階段(ダンジョン入口)』のある広場と隣接するように建てられているので、痛む体を引きずるように歩くことわずか数分で到着した。


 病院は体育館ほどの敷地面積に加え、『JPタウン』ではさして珍しくないレンガ造りの外観を持つ。しかし自動ドアをくぐると、清潔感のあるまっしろな床と壁、そのうえ縦長で大人がすっぽり収まるサイズの『医療ポッド』が幾つも並ぶ、といったSFチックな内装が出迎えてくれる。


 ざっと見たところなかなかの混雑具合だ。スパルトイにやられた新人たちが担ぎ込まれているのだろう……もちろん僕もその一人。


 なぜか付き添ってくれている凛と院内を少し歩けば、折よく空のポッドを確保できた。

 中に入りさっそく治療を開始する。初めて利用する機器だが、マニュアルに従って付属のタッチパネルをいじるだけなので操作に問題はない。

 すぐに装置が作動し、センサーによって全身をスキャンされる。


「ねえ、夜月くん」


「んー?」


 体の状態がデータに反映されるのを眺めていると、透明なスライドドアの向こうから凛の呼びかけが飛んでくる。


「盾、壊れちゃったね」


「まあな。ほんと参った」


 パネルに表示されたデータによれば、左前腕部の骨折(ひび)、および全身打撲に裂傷多数、との診断である。わりと重症だった。

 治療開始をタップ。ポッド上部から『ヒールライト』なる謎フォトンが全身に照射され、たちまち負傷から完全回復する。なにこれ超気持ちいい。


 処置は速やかに終了し、スマホのタッチ決済で相当額の『DP』を支払う。ゴリッと残高が減る。


「盾ないと、やっぱり困るよね?」


「当然だろ。正直、この先の冒険者活動に支障でまくりだよ」


 ポッドを後にして病院のエントランスに戻れば、待っていた番野たちが「おつかれ」と迎え入れてくれた。設備のソファに腰掛け、飲み物を手に談笑していたようだ。

 僕の後をとことこ付いてきていた凛は、そんな三人に構うことなく話を続ける。


「それなら、とっても素晴らしい解決方法があるよ」


「マジ? どんな?」


「聞きたい?」


「うん、聞きたい」


 彼女は後ろで手を組み、あでやかな微笑みを浮かべ、少しあざとく首を傾ける。さらにキラキラの輝きを湛えたエメラルドの瞳をこちらに向けらながら、たっぷり呼吸ふたつ分の間をおいた後、あらためて形のいい桜色の唇を開く。


「盾をプレゼントするから、今後は私とパーティを組んで(、、、)一緒に冒険しましょう!」


 僕は間抜けヅラを晒したまま硬直する。

 これは、参ったな……周囲には沢山の冒険者がいた。おまけに凛の声はやたら通るものだから、場はにわかに騒然となる。


 驚愕、嫉妬、羨望、好奇、憤怒、と様々な感情を織りまぜた多数の視線に晒される。ひどく居心地が悪い。


 それで、混沌とした感情のスポットライトを浴びる僕はどう返答すりゃいい?

 彼女はもうちょっと自身の影響力を考慮するべきだ。


 期待の新星、美しすぎる冒険者、日本ダンジョン界のニューヒロイン、日本冒険者ファッション業界・ヤングラインにおける新たなアイコン――などと形容される風宮凛。

 当然ながら大人気。とりわけ若い世代からは、冒険者活動を開始して間もないにもかかわらずアイドル的な人気を得ている。


 正反対に、こちとら超絶不遇の盾職だ。

 そんなヤツが衆目の中でパーティ勧誘されたとなれば、答えが『イエス・ノー』のどちらでも野次馬から凄まじいブーイングが飛んでくること確実。下手したら武器まで飛んできそうだ。


「いや……ちょっと待て、凛」


 僕が言葉をつまらせていると、立ち上がった番野が口をはさむ。


「確かに夜月は将来有望なタンクだろう。だが、パーティに加えることは容認できない」


「反対されると思った。でも勘違いしないでね、私は夜月くんと新しくパーティを組むの」


「僕と新しく……つまり二人きりってこと?」


「そうよ。『ここでパーティは解散』――スパルトイに挑むときにそう言ったでしょ」


「ええっ!?」


 凛は、驚く僕たちをおき去りにする勢いで話を進める。


「番野くんたちとのパーティはあの時点で解散なった。私は今後、夜月くんとパーティを組んでダンジョンに挑みます」


「バカこと言わないでっ!」


 そりゃあ美和さんだって怒る。スパルトイを前にしての解散宣言は、パーティメンバーを無謀な挑戦に巻き込まないための方便だと僕は思っていた。きっと他の三人も同じだろう。それなのに、実際に有効だなんて認められるはずがない。

 しかし肝心の凛は、悲しげな顔をするものの我を貫く。


「ごめんね、美和さん……私、知っているの。三人が、お父さんからの『お願い』でパーティを組んでくれていること」


「それは!? でも、凛……」


 秘められた真実がついに明かされた……このパーティ、なにやらワケアリみたいだ。が、スポット加入の僕はちんぷんかんぷんで蚊帳の外。いったい何がどうなってんだこれ。


「美和さんたちは、そもそも望んで冒険者になったわけじゃないの。けれど私の父の要望に応えるため、こうして一緒に活動してくれていた。無理やり付き合わせちゃっていたんだ」


 僕の困惑ぶりを見かねてか、渦中の人みずから詳細を説明してくれた。

 凛パパはとある企業の重役で、美和さんたちの親はその部下。そして凛パパは娘が冒険者活動を行うにあたり、それぞれの親を通してとある〝お願い〟をしたそうだ。


 それは『共に冒険者活動を行い、娘のサポートしてほしい』というもの。

 重役であり直属の上司からのお願いだ。ある種の強制力を伴っており、おいそれと断るなどできない。しかも番野に関しては親戚なので尚更だったらしい。


 つまり、パーティメンバーの三人は……いや、本日欠席のメンバーを合わせた四人は、言葉は悪いけれど『凛のおもり役』を担うべく投入された人材というわけだ。

 なお、諸費用はすべて凛パパ持ちだという。


「なるほど……そんな経緯があったのか」


「うん。けれど、今日でパーティは解散ね。みんな、これまで本当にありがとう。そして夜月くん、これからよろしくお願いします」


 これで話はおしまい、とばかりに握手を求め右手を差しだす凛である。その顔には、断られるなどと微塵も思っていなさそうな笑顔が浮かぶ。

 さあて、ここはどう答えるのが正解か……僕はとりあえず足下に置いてあった自分のバックパックを拾いあげ、ことさら大きな声で言う。


「あっ、急用を思い出した! みんな、それじゃあまた!」


「ちょっと、夜月くん待ちなさい!?」


 結局のところ僕は『イエス・ノー』のどちらも口にしないで問題を棚上げし、情けなくもケツをまくってその場から逃げ出すのだった。

 うーん……周囲の反応が恐ろしすぎたとはいえ、不正解の気がしないでもない。

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