第12話 (パレイド)対峙②
そもそも軍人であるパレイドにとって、魔術師は相容れない存在である。
魔術師は、繰り返し鍛錬を積むことによってようやく手に入る軍人の肉体の頑健さを、生まれた時点で手にしている魔術という力によって何の努力もなく凌駕する。それも、長い戦の歴史で研磨されてきた戦術や、調練によって手に入れた軍の練度を頭から否定してしまう程の力でだ。
パレイドにとってそれは、軍や軍人の存在だけでなく、人の努力や成長、苦悩、喜びをも否定しているように感じられるのだ。
魔術師の全員が肉体的に強いわけではないことはわかっている。しかし、目の前にいるこの優男がどういった力を有しているのか、パレイドは知らない。
「まずは、緒戦の勝利について祝辞をお伝えします、将軍」
「勝利と言っても、大半の兵は討ち漏らし、敵に背後を取られている状況です、軍監殿」
この軍には軍監が二人随行している。一人は近衛軍将校であるガージャス、もう一人が魔術師のヴァルディアスだ。
単独行動している部隊に、軍の上位組織と魔術師ギルドから一人ずつ、合計二人の軍監が派遣されるのは国境を越えた慣例として定着している。軍属の軍監は、文字通り軍の監視役として軍事的な参謀、指揮官の監視役、戦況の報告者、そして実戦では将校の一人として役割を担う。つまり味方を監視しつつ援助する役割である。対して魔術師ギルドから派遣される軍監は、敵が大陸の協定を破り魔術師を軍の中に編成していないかを監視している。
魔術師を軍に同行させることについて嫌悪を示す軍人は多いが、軍と軍の戦を人間と人間の戦として全うさせるため、魔術師という異分子を戦に混入させないための予防として必要な措置なのだ。
「背後を取られている、と言っても敵の数はこちらの四分の一以下、しかも手負い。我らの兵、半数を抑えとしてこの地へ残し、主力で更にリーパーク内部へ侵攻できるのではないですか」
「背後を取られているということは、退路も兵站も遮断されているということです。何かあった場合の逃げ道も無く、手持ちの兵糧が尽きた場合の補給も無い」
「過去二回の侵攻で秘密裏に兵站線を拓いているではありませんか。退路についても、いざとなれば力押しで押し切れる敵だと私には見えますが」
「拓いた兵糧の道は、いざという時の保険です。常用すればすぐに敵に見つかります。基本的には既存の道を使い、正攻法で物資を運ぶべきです。それに私は、兵に対し『我らの兵』などと考えてはおりません。あくまで王陛下からお預かりしたもの。私にはその兵の命に対して責任があります。現時点で、危険性を増すような方法を採る必要を感じません」
「では、動くのはあの砦を攻略してからですか」
「そういうことになりますな。しかし、今話しておりましたが、思いの外、手強いという認識です。時間を要するかもしれません」
「ほう。先の戦では、敢えてあの場所へ敵を追いやったように見えましたが。それで退路を断たれた、危険だ、と申されるのは些か違和感を覚えます」
「まさか。敵が手強かった故に討ち漏らし、あの場所に陣取られてしまったのです」
「騎馬隊の攻撃が一度だけだった聞いております。波状的に攻撃を仕掛けることもできたのでは?」
パレイドは表情に出さず毒づいた。戦が始まってから、ヴァルディアスのことは放っておいた。当然、騎馬隊にも同行させていない。戦況を誰に聞いたのか。それともどこかで見ていたのか。
そもそも魔術師の軍監が口にするべき内容の話ではない。敵軍の中に魔術師がいたときにだけ、注進に来ればいいのだ。
「私が、敵に対して手心を加えたと?」
「勿論、戦略的な意味があってのことだと存じております。ただ、戦の機微は私にはわかりかねるので」
「そのように陛下に報告されたわけですか」
ヴァルディアスの暗い目が、薄っすらと狭まった。剣で斬られた傷痕の様な目だと思った。
「レノー殿。貴殿は魔術師の軍監です。戦は私がやります」
「そうですか」
「貴殿が陛下の寵を受け、王宮で大きな役割を担っていることは重々承知しております。しかし、只今、この場においては魔術師の軍監としての立場を貫いて頂きたい」
ヴァルディアスの言ったことは的を射ている。思ったより手強かったことは事実だが、パレイドは最初からリーパーク軍を生かし、自軍の退路を断つような場所へ誘導するつもりだった。
寵という言葉に皮肉を効かせたつもりだったが、ヴァルディアスの表情に特に変化は見られなかった。
「どうも、失礼なことを申し上げたようです。私はこの作戦の立案に携わっておりますので、つい口が過ぎてしまいました」
この男は、魔術師ではなくゼブド国王の寵臣としての立場でしかものを話さない。それが常にパレイドの神経を逆撫でするのだった。
パレイドはこれ以上この男と話すのが苦痛になってきた。そもそも化かし合いのような会話だ。ヴァルディアスもこちらが思い通りに動かないことなどわかっているのだろう。
「戦について余計なことはもう申し上げません。目的が達せられればよいのですから。それでは、失礼いたします」
最後まで薄ら笑いを崩さず、ヴァルディアスは幕舎を出て行った。出入り口の幕が揺れ、僅かに風が入る。灯りの火が揺れた。立場はあくまで公の軍監なので、ヴァルディアスには専用の幕舎を用意せねばならず、設営を兵に命じてある。
「戦の目的、ね」
頬の傷を撫でながらパレイドは呟いた。傷を撫でるのは、癖である。
「近衛軍は、対リーパーク戦についてどのように認識している?」
「我々は、フェニックスをゼブドへ併呑することが目的であると」
「その本格侵攻の準備として、兵站線確保とリーパーク軍の分析のために、断続的に国境侵犯を繰り返している……か」
フェニックスはリーパーク最北端の港町である。ゼブド領から一番近い港町でもある。ゼブドには、良港が無かった。ゼブドの海岸線は複雑に入り組んだ崖が長く続き、僅かに拓いた土地に港を作るも、大きく発展する余地は無い。潮の流れから、漁場にも恵まれていなかった。
逆にリーパークは大きな港町を複数抱え、海運による貿易王国として発展してきた。交易は物と人を集める、富める国への太い道である。確かに、ゼブドにとって港町の確保は悲願である。
「しかしゼブドは、別に貧しい国ではない」
むしろ国土はリーパークより大きい。陸路による交易は盛んに行われており、物産も貧弱ではない。普通にリーパークと貿易をすればよく、実際に今までも、今でも、民間の交易は行われている。当たり前に国交が開かれた隣国という関係だったのだ。
国が国へ戦争を仕掛ける、その理由が、港町をひとつ奪うため。それを周辺の国や国民が是とするのか。
現ゼブド国王であるティンパは、どちらかと言えば保守的な人物であった。それが、突如として隣国を侵略すると言い出したのだ。その裏にはヴァルディアスがいるとパレイドは踏んでいる。
ヴァルディアスは二年前にギルドから王宮に派遣された。ゼブド朝廷と魔術師ギルドとの連絡役として、ギルドを代表して朝廷に出仕している。公式な権限は何も無い。しかし周囲の者が気付いた時には、ティンパ王に最も近い男として名前が挙がるようになっていた。
ヴァルディアス自身は表立って何もしていない。ギルドから派遣された魔術師として、王の諮問を受け、場合によっては魔術師の派遣を手配する。
ただ、ティンパ王の考え方が少しずつ変わっていった。
そして今回の作戦である。王から直々に命じられた出動に、否やは無かった。
命令が下された以上、不満があろうと黙って遂行するのが軍人である。今回の作戦では、村や街を襲撃する必要はどこにもない。それこそ国交の致命的な悪化を導くことになる。しかしヴァルディアスはそうさせたがっている、という気がする。
敵の先遣隊を壊滅させず対峙へ持ち込んだのは、自軍をこの場所から動かさない理由を作るためだ。退路を断っている敵をどうにかしなければ、敵国内で活動するなど危険極まりない。村落を襲っている場合ではないのだ。
「まぁ、いい。しばらく対峙を続けるぞ。リーパークの主力が釣れるまでだ」
「周辺に対する斥候は、通常通りですか」
「距離を伸ばせ。リーパーク王都での軍の動きは、何故だか我らが魔術師の軍監殿が教えてくれるらしいが、別の場所から軍が出張ってくることもあるだろう」
リーパーク王都の動きはすぐに掴める、とヴァルディアスは豪語していた。ただ、敵の先遣隊は明らかに別目的を持って行動をしていたであろう部隊で、王都から出撃したものではない。そういった敵の動きはやはり自分で掴むしかない。ヴァルディアスの持ってくるであろう王都の動きとやらも、頭から信じることはできないが。
「陣中での調練も明日から開始せよ」
「承知いたしました。――しかし将軍」
「なんだ」
「今更ですが、宜しいのですか。今回の戦運びについて、咎められることは無いにせよ、将軍の評価に傷が付きかねないと思っております」
サヴァイとガージャスには予めパレイドの考えを伝えてある。敢えて敵を壊滅させず、対峙する。そうすることで、無駄にリーパーク領内を荒らし回らないようにする。二人はそれに納得していた。
四倍の兵力で、歩兵だけの五千を相手に苦戦した。そう言われるのは確かに屈辱である。
「構わん。分かる者には分かる。それに」
今回の目的には、兵站線の確保の他に、リーパーク軍の実戦能力の分析が含まれている。戦わずに退いた前回、前々回の国境侵犯とは違う。
「本当の迎撃部隊との戦こそが、我らの力を示すときだ」
魔術師がいる世界の物語 しめさばジョー @shimesabajoe
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