「明日から君に花束を」

カンガエル(?)

【明日から君に花束を】第一話 「その方がいいから」

人間の国の小さな村で花屋を営みながら暮らす、妖精のラティーは人間の国の夜更けに、妖精の国から四枚の虹色の羽根で花を摘んでくる。妖精の国の名はポラル。人間の国でいう『想い』という意味の名で、ラティーは人間の数ある国の中の名もなき小さな村「ユウノル村」で花屋を営んでいる。人間の国にいる妖精は珍しくはなく、皆普通に接して一緒に暮らしている。争いや差別など妖精、人間どちらの国も無縁で、お互い笑い、喜び、誰かの命が消える時にはまた一緒に悲しむ。

ラティーが人間の国に訪れた時、初めての「焼いたような、けどいい香り」を感じた。そのいろいろな形や色が並んでいてそれらを人間の国のこの小さな村では美味しそうに食べているのを見て、人間の国の食べ物と知った。それは総称として「パン」と呼ばれるたべものだった。店先では一人の少年がお客さんに一生懸命パンを売っている。お店の奥から次から次へと新しいパンが少年に大きな鉄板のようなものごと湯気をあげながら渡され、少年は厚手の布でその鉄板の両端を掴んでお店の棚に陳列し、その度に並んでいた人たちがお金を渡して、少年は一生懸命売っている。その活気に溢れる光景を見て、そのお店で初めてのパンを買って、食べてみた。

「(ホカホカしてあったかい・・・)」

ラティーはもぐもぐと一生懸命食べながら香りを嗅いでみた。香りと湯気でラティーの体まで温まるようだった。

「(温かい食べ物を食べている、この村の人たちとならぬくもりを感じながら暮らせるだろうな・・・)」

素直にラティーは思った。同時にラティーはこの村にはあまりにも花がなさすぎる事も気が付いた。

「(この村にポラルの花を持ってきたらこの人たちは喜んでくれるかも知れない!それなら同じ温かいパンを食べるために花屋を開いてみようかな。できるならこのパン屋さんの近くで!)」

そうしてこの村で花屋を営むようになり、毎日美味しいパンを焼くことに一生懸命なパン屋の少年タックと一緒に喜んで食べていた。

今では(これも温かい)いろいろなスープも知って幸せな気持ちで暮らしていた。

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初めてのパンを買った時にはラティーはお金を持っていなかった。

ポラルの花の花びらをつい売り子の少年に手渡してしまったが、少年はちょっと不思議そうに見ていた後に、

「綺麗な花びらをありがとう!」と言って

「特別に今焼きあがったパンをあげるよ!あとでスープもサービスするから!それまでそのパン食べて、待ってて!」

と、嬉しそうに言って湯気があがっているアツアツのパンをくれた後に、パン屋の角で座って待っていたラティーのところにタックは急いで二つのカップを持ってきた。

「うちの自家製のスープを持ってきた!野菜と豆、肉も入っているから美味しいよ!」

と言ってラティーの横に座りながら白いコップにゴロゴロと沢山の具が入ったスープを渡し、一緒に具は食べながら、スープを味わいながら飲んだ。

ラティーはそのスープの味と香りから、

「・・・植物なの? この料理」

「えー・・・と。うん、植物と動物と水が原材料だね」

「やっぱりそうなのね!」

「そんなに、珍しかった?」

「うん。私達妖精はいろんな草木の朝露が主食なの」

「あー、聞いたことがあるなあ・・・、そっか、そうなんだね! じゃあ、この村を案内させてくれる?」

「え、ううん、大丈夫。飛べば様子がわかるから」

「うーん、わからない事もあると思うけど・・・」

「眺めてみたら、あまり花がないことくらいはわかったわよ」

「それなら、もっと面白い事がわかるから! あ、僕の名前はタック、君は?」

「私の名前は『心の雫の輝き』の妖精、ラティーよ」

「じゃあ、ラティー!ようこそ、このユウノル村へ!」

「えっ?! は、はい!ありがとうございます」

「あ、いや、かえって、驚かしちゃった?」

「いえ、初めて来たのに迎えてもらえるとは、思ってなかったので」

「ああ、そうか。でも、気にしなくてもいいよ? この村の人はあまり気にしないから」

「何をです?」

「話し方とか、かしこまる、とかかな? みんなお店暮らしで支えあっている村だから、村人同士で距離感自体はあまりないんだ」

「そうなの?」

「それより、あのパンはどうだった?」

「えーと、持った時からホカホカして柔らかくて、香ばしくて、湯気からも麦の香りがして、美味しくて、お日様を食べているようでした」

「お日様?」

「ええ。なにより『恵み』を感じました」

「恵みって・・・、なんかすごい誉め言葉をもらっちゃったな・・・」

「本当ですから」

ラティーはにっこりとして言った。

タックはラティーを見て、自分が湯気を出してしまうかと思った。

「・・・あのパン、僕が今日初めて店に出せるようになったパンだったんだよ」

「私が食べたパンが? 私もあのパンを食べたのは初めてでした」

「う・・・、いや、ありがとう」

「いいえ」

「でもそうか、ラティーには初めてのパンだったのか・・・」

「はい」

「(恵み、お日様、か。・・・もっと美味しく作れたらラティーは何て言うのだろう・・・?)」

タックはフゥーッと息を静かに体から抜き出すように出した。

「(その時また、食べてくれるのかな?)」

「ラティーはこれからどうするの?」

「できたら、このユウノル村でお花屋さんでもできたらと思います」

「あれ? 初めて来たんじゃなかったの?」

「初めて来ました。その時、一番活気に溢れていたお店で食べたあの温かいパンをこの村の人達は、大切そうに美味しそうに食べているのを見て、ぬくもりを感じながら暮らせるかもしれない、と思いました。それにこのユウノル村にはお花があまり見つけられなかったの。だから私の国からお花を持ってきたら、もしかしたら、喜んでもらえるかなって、思ったんです」

「・・・そうか。ラティーは、それがずっと言いたかったんだね」

「?」

「今思えば緊張より、堪えるっていう感じでもあったかな」

タックは確認するかのように言った。

「タックは、待っていてくれていたの?」

「何から話したらいいかわからなかったから」

「ス-プも?」

「温かいと気持ちが緩まるかな、てね」

「・・・確かに、そうですね。もう、受け入れてもらえていたなんて、気づきませんでした」

「言ったでしょ? 支えあっている村だからって。だから、ラティーの本当の話し方で話して欲しい」

「え!わかっちゃったの・・・!」

「うん。しゃべり方が、混ぜこぜだったから」

「でも・・・やっぱり急には」

タックは考えるかのように宙を見ながら、そりゃそうだ、と言いながら、色々と考えを巡らせて、何か思いついたようになって、

「ラティー、やっぱりこの村を案内させてよ? 一旦親しくなれば、何てこともないと思うよ?」

ラティーは少し躊躇しながら、タックのまっすぐな目を見て、

「(タックにお世話になろうかな・・・)」

「・・・そうね、ありがとう。色々教えてもらおうかな」

「わかった!・・・えっと、じゃあこっちからグルっと左周りに、」

「やめて!できない!」

ラティーは突然血相を変えて叫びながら、目をつぶって、しゃがみこみながら頭を抱えた。

「え!どうしたの?」

タックはラティーの態度の変わりように驚いた。

ラティーは全身と声を震わせながら、

「・・・ごめん。あのね、タック。左周りは悪魔の象徴なの。だから、それくらい私達はしてはいけないし、恐ろしいこと。私達には本能的に恐怖を感じる言葉と行動の一つなの。・・・それは私達の習わしではないけれど、長く生きている木々達はそういうのを、全部見ているから私達に警告してくれる。それは植物から産まれてきた私達には大切な教え。だから、私達にも木々達の記憶が『見えて』しまうし、木々達が見た記憶によってはあまりにも酷い光景だと、『その記憶の光景』を見ただけで死んでしまう妖精も少なくないのよ」

そこまで言うと、ラティーは瞼を閉じたまま呼吸を整えるように胸に手を当てながら、

「段々落ち着いてきたけど・・・でもまだ少し・・・怖い・・・」

タックは心配しながらラティーの背中をさすって、

「いつも、そんなに大変なの?」

ラティーはまだ胸に手を当てながら、ゆっくりと立ち上がった。

「・・・いいえ。木々達は全部が全部そういう伝え方をしないわ。例えば、私の傍のこの木だと、さっきからずっとタックにも見せたがっているから、大丈夫よ」

ラティーは気を紛らわすかのように、その気に両手を静かに添えるようにしながら言った。タックは、今度は何の話をしているのかわからなかった。

「少しならタックに見せてあげて貰えるかしら?」

ラティーはその木にそう言うと、タックの丁度目線に合わせるかのように、その木から、光でも灯りでもないが、暖かく感じる“何か”が溢れてきた。

「タック? そのまま目を閉じてもらっていい? ちょっとだけ“やりにくそう”だから」

「うん。わかった。(やりにくそう? どういうこと?)」

ラティーはとても静かに、優しく、語るようにタックに一言だけ言った。

「心で受け入れて・・・」

その言葉が聞こえたら、自分が温かく、安心してきた・・・周りの音が溶けるように消えていき、眠りに入るかのようだった・・・。

タックは次第に何処か、何かの中でうっすらと意識が返ってきた。

「(・・・何だろう、悲鳴? 泣き声? いや、笑い声が聞こえる・・・もしかして・・・この声は、父さんと母さん?・・・ん、赤ちゃんの泣き声?・・・二人とも笑ってる・・・あの子・・・僕? そうか! これは僕が産まれた時を見ているのか!・・・あ、アレ? 何も聞こえなくなっていく・・・ん?眩しい!)」

気が付くとラティーも、タックも「ついさっきのまま」だった。

「今の・・・夢?」

「いいえ。これがこの木がずっとタックに話したかった『記憶』。タック? この木にちゃんとお礼を言ってね? ずっと前から話したかったのに、話せずにいたみたいよ? それからこの木から『覚えているから、またいつでもおいで』って」

木にお礼か、でもとりあえずラティーの言うとおりにしておこう。

「うん、わかった。“覚えていてくれて、ありがとうございました。また見聴きしたくなったらお願いします”」

すると、一瞬だけさっきの暖かく感じる“何か”ホワリとして、消えた。

「“わかった、またね“って」

そういいながら優しくその木に手を当てて、まるでその木に愛情を注ぐかのように優し目で見つめていた。

タックには、ラティーが、その木の気持ちと心を通わせているようにも見えた。

「何を、どうしたの?」

ラティーは、ん? とタックの方へ振り返り、

「何を、て。何が?」

「どうやってその『記憶』を見せたの?」

「んー・・・、さっきはこの木が“タックに見て欲しい気持ち”を、タックが“受け入れていた”だけ、私は何もしてないわ。もちろん私は植物から産まれたから、呼びかけられたり、その声に答えたりしているだけ。人間で言う『心のやり取り』に当たるかな?」

タックはその当たり前の事のように話すラティーを見ながら、

「妖精にとっては当たり前のことなの?」

「ええ、そうよ。私達はこの木のような植物から、この姿を与えられたから」

「じゃあ、ラティー達は『植物から、行動できるようになる姿を与えられた』、ということ、と考えていいのかな?」

「そうね!タックは賢いわね!」

「・・・いや、自分でも言いながら、まだあまり実感がないよ・・・」

タックは少し首をかしげながら、半信半疑でラティーとその木と何度も見比べた。

ラティーは自分の事が分かって貰えた事にとても嬉しそうで、満足気溢れる笑顔で満ちていた。

タックは、そんなラティーを見つめながら、

「(そうか・・・そうだよな。知らない世界に来たら、まず自分が何者であるかを誰かに分かって貰える方がよっぽど安心するよな・・・)」

タックはまた、フゥーッと息を静かに体から抜き出すように出した。

「また、今度にしようか?」

「何を?」

「いや、いいから、いいから」

「?」

不思議そうな顔を浮かべるラティーを見ながら、

「ね、笑ってよ?」

「え? な、何で?」

ラティーはタックの突然の言葉に顔が熱くなってしまった。



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