第11話 もしものはなし
「シールワッ。どっかに行くの? もしかして喉乾いた? ティータイムにする? 美味しいお菓子も作ろうか?」
誘拐されてからのアルクトスは、過保護だ。
何をするにもそばにいるし、行動を見られている。
ちょっと立ち上がるだけでも、声をかけられる。
今も爪切りをしていたアルクトスに気づかれぬよう、できるだけ気配を消して立ったつもりだったが気づかれてしまった。まるで後ろに目があるみたいだ。
「エルクと話をしてこようとしたところ」
「エルクと! じゃあ俺も行こっかなー」
「お好きにどうぞ」
誘拐事件が起きるマーレメーアに滞在し続けるのは、アルクトスが許さなかった。
私たちはすぐに街を出て、ドラゴンのエルクと共に人がいない場所に向かった。
何日も空を飛び、移動し続けて。着いたのがここ、名もなき果ての山頂。
住処は生活できるように、木々を操って家を作り、雨風凌げるし、寒暖は互いに人間の域を出ているのもあり平気で過ごせる。
食に関しては私はそもそも食事を取らずとも暮らせるが、アルクトスは時折山の生き物を獲っては調理する。私もそれを食べることもあり、味は抜群なのは確かだ。
さらにアルクトスはエルクと共に人里へ降りて適宜調味料やらなにやらを入手してくる。同時に衣服も必要に応じて持ち帰ってくる。
生活に必要な衣食住は全て揃った。
あとはこの山頂を開拓し、作物を育ててみたり自由気ままな生活を送りはじめてもう三年経った。
「エルク」
木の家から出れば、すぐ目の前に畑がある。その側でエルクはゆっくりと羽を広げて休んでいた。
『何です? 用事でも?』
「暇つぶしだ。野菜は育ったか?」
『それなりに。でも少しばかり、虫が葉を食べている』
「どれどれ……」
小規模だけれども菜園と呼べる面積に育つ野菜は、艶のある実をつけている。
そばに寄ってかがんて覗き込むと、葉の裏に緑虫がぬくぬくと歩いていた。
「成長を止めるわけにはいかない。森へ帰るんだ」
虫をつまんで森の中へ投げる。小さい虫はきっとどこかの木に捕まって生きていくだろう。
『お見事。かの虫は他の場所へ向かったようだ』
「それはよかった。他に虫はいないか?」
『ふむ。他に成育を妨げるものはいない。間もなく蝶の群れもやってきて受粉するだろう』
「ならよかった。また葉を食べているようなものを見つけたら教えてくれ」
『承知した』
エルクと話をし、立ち上がる。
身体は大きいエルクだが、細かいところまで目が届く。ドラゴン様々だろう。虫だけを取り除くのは苦手なようだが、こうして教えてくれる。おかげで菜園は順調に育っていく。
かつては地下で閉じ込められていたし、ドブネズミぐらいしか見るものもなかったようだが、今は何でも見ることができる生活を楽しんでいるようだ。
この前は野ウサギと一緒になって昼寝をしていたし、さらに前には渡り鳥と一緒に飛んで散歩してきたと言うし、悠々自適に過ごしている。
「ず、ずいぶんとシルワは豪快に投げるね……虫なのに」
「そうか? 無駄な殺生を避けたまでだ。あ、アルクトス。この実は食べごろだ」
「本当だ。ツヤツヤしていて美味しそうだね。今日はこれを使ったメニューにしようかなー」
争いの火種がないので、もう鎧なんて身につけていない。剣も何もかも家の中で眠っている。きっと今後使うことはないだろう。
身軽になったアルクトスは私が指し示した実を収穫し、献立を考える。
あれでもこれでもないと悩んでいる横に、私も並んでしゃがんだ。
彼の顔をじっと横から見ていると、視線が気になったからか彼と目が合う。
「ん? どうしたの? シルワ」
「……最近、ドラゴン化が進んでいるんじゃないか?」
以前はこめかみあたりにだけ、鱗のようなものがあった。今ではそれに加えて、瞳孔が細く縦長になっていることが多い。その瞳はまるでエルクと同じ。そう、ドラゴンと同じだ。
「んー? 特に気になるほどのことはないんだけどなあ? でも爪がよく伸びるから毎日短くするくらいかなぁ」
「爪……」
思い返せばアルクトスはしょっちゅう爪を整えている。
それはきっとドラゴン化の影響だろう。爪も皮膚。細胞がどんどん生まれ変わっているのだ。
アルクトスは、鱗、そして瞳。さらには爪。だんだんとドラゴンに近づいてきている。
身体が順応して変体していき、いつかは羽が生え、空を飛び、ドラゴンになってしまうのだろうか。それとも、ドラゴンの圧倒的な力に耐えられずに身体が壊れてしまうのだろうか。
ドラゴンの血を飲むなんて前例、他にない。今後彼がどうなるのか検討もつかない。
人は長くても数十年生きる。けれど、魔女は永遠を生きる。
ドラゴンは?
半分人間、半分ドラゴンは?
いつ彼がいなくなってしまうのか。
ずっと先かもしれない。
明日かもしれない。
私に何ができるのか。
彼を人間に戻す方法を見つけたいが、彼はきっとそれは望まない。けれど、このままではいつ身体の限界が来るのかもわからない。
どうすることが最適なのだろう。
「シルワ!」
「ぁ、あぁ……何だ?」
肩を叩かれて我に返る。
目前には眉尻を下げて暗い顔をするアルクトス。
「何だ? ……じゃないよ! 黙り込んでシュンとしちゃってさ。また後ろ向きなこと考えていたでしょ?」
「…………いや、別に?」
「今の間、嘘ついた間だよね。わかっちゃうんだから、もう」
頬を膨らませるアルクトス。
いつになっても彼は子どものような行動をする。
「正直に言いなさいっ。シルワにはそういう顔をしてほしくないの!」
「んん……いや、でも」
「でもじゃない! そんなに俺に言えないこと?」
「いや、そうじゃ――」
「じゃあ言ってよー」
キラキラした目で見つめられるとコチラが悪い気がしてきて、逆らえない。
「私は。いつか、お前がドラゴンになっていなくなってしまう。あるいはドラゴンになれない間に。苦しんでいなくなると考えたら怖いんだ。けれど、私はドラゴン化を食い止める方法を知らない。止められたとして、人間になってしまったら、私はすぐにひとりになる。それも怖い」
「シルワ……」
「何より、私がひとりよがりな考えが怖いんだよ」
不様だと笑ってくれ、と言ったが、アルクトスは笑うどころかプルプルと身体を震わせて唇を噛み締めている。
「おい、それはどうい――」
「可愛いっ!!」
「うぐっ」
アルクトスは思いっきり私を抱きしめた。
胸と胸がくっつき、首元にアルクトスの顔が埋まる。背中に回された彼の手から熱が伝わる。
「それってシルワの頭の中、俺でいっぱいってことだよね。凄く嬉しい!」
「確かに、そうだな?」
「でしょ。それだけ考えて貰えるなんて、幸せだっ!」
ぐいぐいと頭を押し付けられて、少しくすぐったい。
そうだった。最初からアルクトスは、些細なことでも大喜びしていた。会話しただけでも感極まっていたぐらいだし。
「私はそうそう喜べやしないんだが……?」
いくら彼が喜んでも、将来残される運命の私は全くそれを共有できない。
いつものトーンで言えば、アルクトスは私を解放してから笑顔で言う。
「シルワが魔女で死んだりしないなら、俺が死んだときには腐る前に俺の肉とか骨を食べてよ。そうしたらずっと一緒じゃない? 俺はシルワの血肉となって生きられるんだもん。最高じゃん」
「ぇ……それはちょっと……」
「えー? 駄目? じゃあ俺がドラゴンになって、人も何も区別出来なくなっちゃいそうだったら、先にシルワを食べてもいい?」
「……どうしてそうなるんだ?」
「だってシルワと一緒にいたいし? シルワが食べてくれないなら、こっちが食べるみたいな?」
平気な顔をして彼は言う。その目に嘘偽りはない。
冗談でもなく、本気で言っているらしい。
「まぁ、その時はその時だよ。でも俺は絶対シルワと一緒にいる。死んでも、死ななくても。俺の気持ち、知ってるでしょ? だからそんなに泣かないで」
「え」
私はいつの間にか泣いていた。
どこから泣いたのかわからない。言われて涙が出てきていたことに気づいた。
眼をこすろうとしたら、私より先にアルクトスが涙を拭い、そこにキスをした。
「いつでも、いつまでも。俺はシルワと一緒。愛しているよ」
「……ああ。知っている」
アルクトスに寄り掛かり、身を寄せる。すると彼は頭をなでてくれた。
その大きく優しい手が心地よい。
心の闇を拭い去ってくれるようで、安心する。
きっとこの先、私が想像するような未来も起こり得るかもしれない。
アルクトスの言うようなことをせざるを得ないときが来るかもしれない。
けれど、私は未来よりも今をみたい。この幸福に堕ちていきたいと心から願う。
Fin
最強騎士は過保護で困る 夏木 @0_AR
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