第10話 誘拐、売買、よーいどん


「……か? それとも……」

「――だ」



 知らぬ声。どうやら男のようだ。

 複数の声の会話が聞こえる。

 視界、口は粘着質のもので塞がれいる。故に声の主が誰なのかはわからない。耳が塞がれていない分マシか。

 手足は硬い金属で拘束されているようだ。木製だったら私の魔法でどうにかなったが、金属は魔法で曲げられない。これでは自力で逃げることはできないか。

 音、感覚的にどうやら何か乗り物に乗せられて運ばれているようだ。

 一体何が目的で捕まえたのか……。



「よう、嬢ちゃん。目覚めたか?」



 下種の声。私を『嬢ちゃん』呼びするなど随分度胸があるものだ。

 おや? この声はたしか……ああ、思い出した。あの露店の店主の声だ。

 となると、買ったときから目をつけられていたか。



「んだよ。ダンマリかあ? せっかくいい金づるだと思ったんだが? まあいい。金さえもらえればなんでも。つけてた指輪なんか馬鹿高いもんだっただろ?」

「ああ。こりゃ家どころか、領地が買えそうだぜ。俺たちはこれで贅沢できるな!」



 なるほど。身代金目当てか。呆れたものだ。

 身なりで相手を選ぶのは間違っていないが、事前の調査が不十分。私をさらったところで誰に金を請求するというのだ。

 アルクトスにか?

 彼ならまあ、請求された金額を一括で払いそうなものだが……それよりも強行突破してくるだろう。



「ガハハ! 早く金にしようぜぇ! 身に着けてたもんは盗ったし、女もそのまま売りに出してよお!」



 あ、身代金じゃない。売るのか、私を。

 それなら合理的だ。人身売買なら納得できる。まあ、私に高い値がつくとはとうてい思えないが。

 せっかく楽しく過ごしていたのに、興冷めだな。どうにか植物があれば魔法でいくらでもこいつらを懲らしめることができるのに。視界をなくして、なおかつ何かの乗り物の中で移動中となると、魔法が使いにくい。

 どうしたものか。

 目隠しが取られたときに逃げるか、はたまた助けが来るまで待つか。



「おい、それにしてもよ。今までこんなに暴れない女なんていなかっただろ? 本当に生きてるか?」

「たりめえだ。ほら見ろ、目ん玉開いて……」



 バッと目隠しが取られた。

 私を誘拐した男と目が合う。ひとりは私の隣に、もうひとりは馬の手綱を持っていた。



「ホラ見ろ。目ん玉なんか宝石みたいだ。くり抜いて売るのも悪くねえ」



 隣の男の手にはナイフ。

 刃先が私の頬を撫で、薄く浅く赤い線を作る。



「おいおい。傷物にするなよ」

「そうだな、悪い悪い」



 毒を仕込んでいたわけでもないようで、ほんの僅かに痛覚が機能しただけ。この程度ならどうってこともない。

 それにしても、馬はまっすぐに駆け抜けている。この道は森の中のようだ。右も左も鬱蒼とした木が連なる。これなら私の独壇場。想像した通りに木々を自由に動かせる。

 まずは足止めを。

 太い枝が馬が飛び越えられない程に横から急に伸び始める。一本では心もとないから、何本も左右から重なるように成長して壁になった。



「……なっ!? 何だこれっ!」



 手綱を握る男は、慌てて馬を止めた。

 馬に罪はない。なんとかぶつからずに済んだようだ。



「おいおい、何で急に枝出てくるんだよ……ここらに魔物は出ないはずだぞ? こんなに伸びるなんて聞いてねえ」

「お、俺もだっ! 何でこんな……」



 突然の出来事に男たちは慌てている。

 魔女の存在を知らないのか。これが魔物のせいだと思っているようだ。

 知識が乏しい。計画性もない。人として情けない。なんて思うのも束の間、馬をなだめるように優しく触れる人影がひとつ。

 冷え切った目で男を見ている――アルクトスだ。



「だっ、誰だよっ! お前!」

「誰? 言う必要あります? これから死ぬ人に」

「はあっ!? 何だお前! あっ! この女のツレか! クソ! もつ見つかっちまった! 逃げるぞ! 走れ!」



 男は怒りのあまり馬を走らせようとした。しかし、障害物があるために馬は動けない。

 男もわかっているはずなのに、何度も馬を叩く。

 悲鳴をあげるように拒絶する馬。それをアルクトスはなだめる。



「へえ、馬の扱いも下手。人攫いでしか稼げないなんて、ホントクズ。死んで詫びろ」



 アルクトスは剣を抜き、まずは手綱を握る男の首に剣先を突きつける。同時にどこからともなく取り出した拳銃を反対の手で握り、銃口をもうひとりの男に向けた。

 動けば殺られる。

 殺気立っているので、男らは動かない。いや、動けない。



「雑魚はここで死ぬか、全部この場に置いて離れてくれる?」

「ひっ……わ、わかった。わかったから!」



 死にたくなんてない。男たちは両手を上げたまま地面に降りる。

 男二人が降参したように並んだが、アルクトスは納得いかない顔をしている。



「ほら、全部置いてって言ってるじゃん。何してるの、早く全部置いて。服も脱げって言ってるんだよ」

「ふ、服もっ?」

「もちろん。盗んだものの他にも武器とか何か隠し持っているかもしれないんだから。あ、でも汚いから下着は身につけておいていいよ。彼女にそんな粗末なもの見せたくないし」



 目が笑っていない。冗談で言っているわけじゃない。

 アルクトスは「ほら早く」と急かす。

 従わねば殺されるという恐怖が、男たちを震わせながら動かす。

 最初から男たちはほつれたような服を着ていたが、アルクトスにより身ぐるみ剥がされる。



「はいオッケー、それじゃどっか行って。五秒以内に。そうしたら今回は見逃してあげるよ。でも次に僕たちの前に現れたら、命はないからね。はい、ごぉー、よーん……」

「「ひひひいいいいいい! すんませっんでしたぁぁぁぁぁ!」」



 銃口を空に向けて一発放つ。

 乾いた音が余計に恐怖を植え付けたようで、男たちは下着に裸足ですぐさま森の中へと消えていった。

 森で防御力ゼロのあの格好は哀れだ。虫や木の葉でかぶれるだろう。私の知ったことではないが。



「っ、シルワ! ごめんね、不甲斐ない僕で怖い思いをさせてしまって……」



 足音が聞こえなくなってから、アルクトスは武器をしまうと泣きそうな顔で私を抱きしめながら降ろした。その声はさっきの圧のあるものではない。ヘナっとした、弱そうな、けれど強いような安心感を与える声。

 それに目で笑い返せば、アルクトスは口をふさいでいたテープは丁寧に、身動きを制限していた手錠は強引に力技で壊してくれる。

 肺いっぱいに酸素を送り込んで、地に足つけると安心する。



「あっ、ほっぺに血……チッ、あの野郎。刺し殺してやる」


 頬の傷を見るなり、アルクトスの表情が一転した。

 男たちが去っていった先を睨んでいる。私が彼の手を掴んでいなければ、駆け出していきそうだ。



「アルクトス、待てだ。このような傷、すぐに癒える」



 自分の頬に手を当てて撫でればすぐに傷は消える。

 多少の傷なら、魔法で治せる。これだけ自然が多ければ尚更その速度は早い。

 すっかり癒えたのをアルクトスはじっくり観察してから、顔をぐちゃぐちゃにする。



「うっ……シルワァ! 僕、もう離れたくない!」

「苦し……」



 骨ごと砕きそうな力強い抱擁。彼の鎧が私の体にのめり込む。



「ごめっ! シルワが攫われたって分かったら不安で……もう街ごと壊して探そうとしたんだ。でも、よくよく考えてみたら指輪が居場所を教えてくれたから良かったぁ……」



 すぐにアルクトスは解放してくれ、目を合わせながら話す。



「まぁ指輪がなくても、僕ならすぐにシルワを見つけられるけどね! 念には念を入れないと」

「……待て。指輪が? 居場所?」

「うん。言ってないっけ? 僕がプレゼントした指輪ね、特殊の特殊で居場所を僕に教えてくれるんだ……シルワが居なくなるのは困るし、無くされるのも嫌だし。シルワの隣は僕ってことをよく見せないと。他の人に取られるなんてことあったら、その人消さないとさ! 嗚呼、僕のシルワ。可愛いシルワに手を出そうなんて許せない」



 顔を赤らめて、アルクトスは私を優しく再び抱きしめた。

 指輪が居場所を教える。そんな魔法もあるのだろう。

 何だか浮気対策のようにも見えて、少しばかり気にかかるが今日のところは許そう。

 浮気よりも、度が過ぎた愛情といったほうが正しいと思う。

 彼の視界から居なくならないようにしていたほうが、周りへの被害がないだろう。

 だってさっきのアルクトスの眼。なんとか理性を守っていたけれど、もしも私が更に酷い怪我でもしていたならば犯人は瞬殺だったはず。そのくらいしていてもおかしくない眼光だった。

 どうであっても私は死なぬ身体。それは彼も分かっているだろうが、手足を切られたなら相手の手足も切り落とすだろう。加えて細切れにするかもしれない。


 被害者を出さないためにも、私はアルクトスの目の届くところにいよう。

 愛情と殺意は表裏一体。気を付けていかねば。

 私も化け物だが、アルクトスも同じたな。同じ化け物同士、お似合いか。



「シルワ?」



 考え込んでいたら、「どうしたの?」と顔を覗き込んできた。

 あの冷たい眼から一転して、子犬のようになる彼を怖いと思うこともない。むしろコロコロ変わる表情は見ていて飽きない。



「なんでもない。アルクトスの愛情を噛み締めていたところさ」

「ん〜〜っ! 好きっ! シルワのそういうところ、好きっ!」



 度の過ぎた愛情と行動も可愛いものだ。

 アルクトスは今度こそ私を離さないと言わんばかりに、軽々と身体を持ち上げて自分の腕にまるで抱えるよう座らせた。

 これが小さな子供だったら、親子の可愛らしい姿だが、大人二人の行動としてはいかがなものか……。

 降りようとしてみたけれど、彼の力には敵わない。



「だーめ。今日は一日このままで。また誘拐されたら困るもん」



 流石に二度はないと思うが、まあいい。人もいない森で何をしようが見られないし。

 今日のところは言う通りに、アルクトスから離れずに過ごそうと決めた。

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