第9話 おそろい



「これは綺麗だな……」



 生まれ育った森を出て、海に面した街・マーレメーアに着いた。

 青く広い海と煉瓦造りの建物。今まで緑に囲まれて過ごしてきたので、異なる色がまぶしい。

 いくら国が違えど、流石にドラゴンが降り立てば大問題になりかねない。ゆえに、街からかなり離れたところでエルクから降り、エルクはそのまま自由に散歩すると言って別れた。きっとどこか飛んで散歩しているのだろうとふと思う。長きにわたって地下にいたのだから、外の空気を吸って羽を伸ばしてくるに違いない。

 おかげで私はアルクトスと二人きり。けれど私はただ好きに店を見て回るのを、アルクトスが付いてくるような形だ。これをデートと言えるのかはわからない。手をつなぐわけでもなく、アルクトスは買い出しに付き合わされている、そんな感じだ。


 建物前にはずらりと食べ物に衣服など目新しいものが並ぶ露店でも、私が最も惹かれたのはアクセサリーだった。

 小さな石が付いた髪留めに、腕輪にネックレス。どれもキラキラと光り輝くからか、どうしても眼がいってしまう。



「どうだい、嬢ちゃん。どれも同じものはないよ。こっちはカップルでお揃いで持つのが流行ってるブレスレットだよ。他のはちょっとした魔法がかかってて、魅力アップとか耐炎効果があったりするけど、これは何も魔法もかかっていない、ただのオシャレなだけ。それでも人気なんだ。どうだい、ここは男としていいところ見せたいと思わないかい?」



 店主がそう言うと、付いてきていたアルクトスがニコニコとうさん臭さの残る顔をして答える。



「彼女が欲しいなら何でも買うよ。ね、欲しいものあった?」

「……悩ましい」

「じゃあ全部買っちゃう? 右から左にずらっと……大人買い?」

「いや。それはやめとく。けど、お揃いは気になる」

「じゃ、おじさん。お揃いのブレスレット頂戴」



 値段など気にせず、アルクトスは即決した。

 店主は「あいよ!」と活気ある声ですぐに包装して私に渡してくれる。

 ちらっと値段を見たが、そこそこいい値だった。



「ん、どうかした? もしかしてそれじゃなかった……?」



 店を後にして、アルクトスは足を止める。


「値段見なかったの? 別に、お揃いのは欲しいけど。けど、結構高かったし」

「いいじゃない、僕が払うんだから。それに、お金ならあるから」

「そうだろうけど……」


 確かに元騎士団団長だ。それなりの賃金があっただろう。が、もう今は無収入。今後を考えても無駄遣いはすべきではない。私は食べずとも生きていけるが、アルクトスは半ドラゴン。食事は必要だと思う。余計にお金の使い道は考えたいところだ。


「気にしなーい、気にしなーい。いざとなれば傭兵とか、討伐依頼とか受ければすぐ稼げるしね」

「そう」


 ブイサインしてアルクトスは言う。のん気だ。まあ、本人がそう言うのであればそういうことにしよう。

 私は包んでもらったブレスレットを取り出して手首に通した。そして手を広げて眺める。

 細いシルバーのチェーン。そこに輝く青い石。アルクトスの瞳と同じ色。

 ペアになっているブレスレットも取り出して、彼に見せる。


「手。出して」


 彼の手を取り、私はペアのブレスレットを付ける。すると、彼は体を震わせて空いている手で顔を隠した。



「お気になさらず……嬉しさのあまり、失神しそうなところをどうにか堪えているだけで……」

「ああ。なるほど。じゃあ、気にしないことにしておく」



 彼は常に過剰な反応をするのでそっとしておくことにした。

 アルクトスに背中を向け、他にどんなものがあるのかとあてもなく歩きだすと、「待って、待って」と彼はついてくるのがどこか愛らしいと思う。

 そうだ、海を見に行こう。

 何となくの感覚で海の方へ向かって歩いて向かう。

 この街は人が多い。露店が並ぶ道から外れても、誰かしら歩いている。

 すれ違いざまにちらっと私たちを見る。街の人間ではないとわかるからだろうか。

 見た目はそんなに遜色ない恰好をしているが……アルクトスの恰好が目立つのかもしれない。鎧を着ていれば目立つか。

 騎士付きの女。身分が高いと見られているのかもしれないな。そんなことないのに。



「アルクトス。その恰好――」



 振り返り、後ろに続いていたアルクトスに向き合って服装について訊こうとしたが、私の声は爆発音でかき消された。

 直後、視界が煙でおおわれる。



「アル――」



 名前を呼ぶ前に眼と口ごと何かで覆われた。声も出せぬまま、身体ごと引っ張られて足が浮く。



「爆発? シルワ、僕から離れな……シルワっ!?」



 アルクトスの叫ぶ声が聞こえたが、私にはどうすることもできなかった。

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