光の海
夕日ゆうや
世代
光。
夕焼けに染まる空。
キラキラと煌めき反射し、銀の波を打ち上げる海。
「待ってよー」
彼女が騒ぎ立てている。
さんざめく光の中、人の営みが終わっていく。
終わっていく。
週末の光はこうも愛らしく、美しい。
「遅いぞ」
男性が言う。
彼女は彼を追いかけている。
追いかけているだけ。
光の収束した先にある太陽。
ハチミツ色の光を放ち、地球を暖かく照らす。
照らしている。
そこに終わりなどない。
ただ光を届けるだけ。
囂々と核融合炉である恒星が、ひとしきり地球を照らす。
一年の間、三百六十五日、照らすだけ。
燃えたぎる、その熱は人の暮らしを温める。
かつては氷河期を照らし、人々の暮らしを豊かにした。
「もう、早いって」
少女は男性の眉間にこつと額を当てていた。
「ごめん」
その言葉は太陽には届かない。
決して届かない。
「そろそろ帰ろうか?」
「うん」
彼らの帰る家はどこだろう。
地球は人の住む星である。
荒れ狂う波が防波堤にぶつかり、大きな波しぶきを上げる。
太陽の光を反射した海がまるでサイリウムのように燦々と輝く。
そこに終わりはない。
サイリウムの海の中、一台の車が走る。
「父ちゃんと母ちゃんが結婚したのも、こんな海だったな」
「かいくん。それは太平洋のときよ」
大声で笑う一家。
荒れ狂う波は地球の肌でもあるのだろうか。
荒れた肌に太陽の光が染み入る。
ズキズキと塩を塗ったくれた地球は痛みを覚え、声を上げる。
痛い。痛い。
地球は人に何を訴えているのだろうか?
太陽が沈む。
地球の反対側ではまだハチミツ色の海を作り出している。
地球はどこにいっても太陽が必要だ。
まるで大切な家族のように。
どこまでも一緒にいる夫婦のように。
氷河が太陽の熱に温められ、内部から溶け出し、やがて外殻を海になげうつ。
「わぁあ。よしちゃんのお陰でこんな光景を見られるなんて」
「孫にも会わせてくれよ、ヨシコ」
「うん」
大きくなった娘は、その家族はニュージーランドにいた。
太陽の光を精一杯浴びた氷河はミシミシと音を立てて落ちていく。
どこまでも落ちていく。
積み上げた光と氷が溶け合い混じり合う。
積み重ねた年月が、彼らを乖離させていく。
光の柱が浮かび上がる。
サンピラー現象が極東の地に現れる。
光の柱が海を裂く。
どこまでも果てしない自然が猛威を振るう。
「おじいちゃん。どうして悲しそうにしているの?」
「わしはここで彼女と出会ったんだ」
彼は彼女を想いだし、孫に微笑みを向ける。
光は収束する。
彼女はこの地で舞い、海を照らしていた。
照らし続けていた。
彼にはそう想えた。
想い。想い。
合い想い。
光はさんざめく。
人ひとりが持つ光は人生に光をもたらす。
暖かく、生のある暖かさ。
それがなくば、人はおらず、すべての生き物は海の中であっただろう光。
光は続く。
光はもたらす。
光はどこまでも不変的である。
人の心の光。
そんなものはないと言い切るものがいる。
だが、その人は知らない。
世界はこんなにも光で満ちていると。
光が世界を焼く。
焼かれた地球は水を膨張させ、北極と南極の氷を、極北にある永久凍土を溶かしていく。
溶けていく。まどろみから覚めていく。
新の支配者が誰か、分からせていく。
地球。
それがこの世界の支配者。
あるいは太陽である。
それらは人の人智の及ばない力を持っている。
人がどれだけ抗おうが、人には止める術はない。
光はさんざめき、強く光る。
世界を変えていく。
「お爺ちゃん、ああ。お爺ちゃん」
娘と孫は悲嘆に暮れる。
光は落ちていく。
人には寿命がある。
だが、それも星々からしてみれば
小さなうめき。
うめき声を上げて、孫は子を産む。
「お爺ちゃん。子どもが産まれたよ」
孫はお墓にそう告げる。
お爺ちゃんの大好きだった羊羹を持って。
光は続く。
海面が上昇し、異常気象があいつぐ。
それでも人は生きるのを止めない。
地球が身体に蝕む生物を排除しようとうめいているように思えた。
それでも娘は、孫は海を好きでいる。
光の中。
彼女らは生きる道を選ぶ。
お爺ちゃんの夢を届けるために。
太陽には届かない夢を。
暖かく世界を照らす光を。
人は間違えてしまった。
それでもまだ生きようと必死になっている。
光が舞う。
赤と白を基調とした衣服を着たひ孫が舞う。
学校で習ったダンスを、海を背景に舞う。
「お爺ちゃんは海が好きだった」
娘はそう言い、ひ孫の背中を見やる。
光はまだ落ちない。
彼ら、彼女らの作った世界はもう滅ばない。
そこにあったという奇跡をもう覚えていない。
でもそれでも誰かが誰かを想う気持ちは止められない。
生きていくのに、それ以上の理由はいらない。
生きている。
愛し慈しみ合うために。
光の差した海は地球を温める。
人の冷めた心さえも。
急速に冷えていく人の心は熱を帯びて、世界を変えていく。
暖かく優しい光。
「海は人の故郷なんだ」
いつかの誰かがそう言った。
その誰かは海を愛する彼の遺伝子を受け継いでいる。
遺伝子があれば人はどんな時代も生きていける。
遺伝子が人をつなぐ。
人と人は海から這い出た。
遺伝子を持ち、心を持ち、培われた精神で。
この世界の片隅で生き続ける。
これが自分の人生だと。
この自分が主人公だと。
訴えている。
地球には関係ない。
小さな光が太陽の光さえも紛れてしまいそうな人の心の光。
すべてを光で覆い尽くすまで、その光は止まらない。
光は落ちない。
まだ光り続けている。
そこに終わりはない。
海はそこにある。
人もそこにいる。
太陽が見ている。
光よ。
なぜキミは照らすのか。
なぜ僕らは照らされ続けているのか。
暖かくも、優しい光。
天日干しした布団の匂い。
夏のむせるような太陽。
春の弱い優しい光。
光。
ああ。光。
全てを超えて。
「これで先祖代々続いた持病も治せる」
治療薬一つで人は変われる。
それでお爺ちゃんから、ひ孫に至るまで。
生きている意味があった。
価値があった。
生き続ける。
それでいい。
それで世界に訴えかけることができる。
病気も温暖化も、未来の子どもたちが解決してくれている。
光が海を割る。
それが当たり前のように。
西日が太平洋に浮かぶ。
燦々とさんざめく光。
それが人の営みを支えている。
これは太陽からの贈り物だ。
これは地球からの贈り物だ。
星々は言う。
「人よ。歩め」
と。
生きよう。
光を集めるために。
生きてみよう。
誰かを救うために。
生きよう。
誰かと触れあうために。
その心を響き合わせるために。
生きて。
その傷を癒やすために。
生きなさい。
その心を世界に訴えかけるために。
生きた。
誰かがその無念を晴らす。
生きていた。
その誰かが、誰かにとって大切な意味になると信じて。
生き延びた。
それは生物として。
ただの一人も無駄はないのだと信じて。
太陽が傾く。
でも人はまだ生きている。
生き続けている。
一人の無駄も出さないために。
病気。怪我。事故。事件。
全ての事柄に意味を与え、敗者にも勝者にも祝福を与え、未来へと導く。
誰かのために。
生きる。
生きている。
ああ。生きよう。
それでいいんだ。
彼らがそうであったように。
生きて、生き続けて。
そして訴えればいい。
世界が理不尽なら、それを変えていく。
それは紛れもない人の心の光だろう。
いつしかその光で世界を温めよう。
これは理屈じゃない。
シンプルな人の願いだ。
自然に抗い、なおも生きている人の願いだ。
願い、慈しみ、想い合い。
愛を知り、前に進む。
この世の果てがどこにあるかなんて分からない。
分からない。
分からなくていい。
それでも人の営みは変わらない。
決して変わらない。
人は前に進める。
生きていける。
その想いだけで人は全ての事柄を解決する。
そこに一人たりとも無駄はない。
戦国の世でなげうった命も。
理不尽に町ごと爆破された命も。
自然の猛威に負けてしまった命も。
誰もが誰かにとって意味のある命だと。
示す。
示し続ける。
暖かい光の中、彼らは、彼女らは生きている。
生きよう。
そしてつないでいこう。
人の輪を。
人の想いを。
活かすために。
生かすために。
光の海 夕日ゆうや @PT03wing
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